小田急電鉄の「戦略的ダイヤ改正」を読み解く:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
小田急電鉄は2018年3月のダイヤ改正を発表。4カ月も前に詳細を発表した背景には「4月から小田急沿線で新生活を始めてほしい」という意図がある。混雑緩和だけではなく、増収に結び付ける狙いだ。
異例の11月発表の理由
小田急電鉄は、17年春のダイヤ改正については17年2月3日、16年春のダイヤ改正は15年12月18日に報道発表していた。小田急電鉄に限らず、相互直通先にJRの路線が存在する場合は、JRグルーブのダイヤ改正に合わせてダイヤを変更する。
JRグループは春のダイヤ改正について、前年の12月に報道発表している。小田急電鉄も東京メトロ千代田線を介して、JR東日本の常磐線に直通しているため、本来は12月以降にダイヤ改正を発表する段取りだろう。今回は1カ月半も前倒しの発表となった。ダイヤ改正も内容だけで、改正日は伏せられた。改正日はおそらく決まっていると思うけれども、JRグループより先に発表するわけにはいかないという事情がありそうだ。
それでも11月1日に発表した理由について、小田急電鉄社長の星野晃司氏は「4月からの新生活から小田急を利用してほしいから」と答えた。ここに、小田急のしたたかさが表れている。前述のように、既存の小田急利用客に快適性をアピールするだけではなく、春の新生活に合わせて、これから新居を探す人々に「快適な小田急沿線」をアピールした形だ。つまり、沿線の人口増、すなわち鉄道の利用者増を狙うには、12月以降の発表では間に合わないと考えている。
小田急グループ全体で見ると、海老名駅周辺で大規模開発を行っている。その中には高層マンション計画もある。19年完成、20年1月に引き渡しとなる「リーフィアタワー海老名アクロスコート」は鉄筋コンクリート31階建て、総戸数304戸という大規模物件だ。18年1月には第1期の販売が始まる。沿線でこのような大規模プロジェクトを成功させるには、アクセス路線の小田急電鉄が「遅い、混んでいる」では困る。
複々線の完成と大規模なダイヤ改正、その発表時期。これら全ての要素が、鉄道だけではなく、小田急グループ全体の利益のために必要だった。鉄道自体の戦略も見事ながら、グループ全体の戦略を考慮したダイヤも見事だ。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
関連記事
- 小田急の特急ロマンスカーが残した足跡
小田急ロマンスカーの60周年を記念して、横浜駅から徒歩数分の原鉄道模型博物館で特別展「小田急ロマンスカー物語」が始まった。流線型に展望車、子どもたちの憧れだったロマンスカー。その功績は小田急電鉄の業績向上にとどまらず、世界の高速鉄道誕生のきっかけをもたらした。 - 東京都政「時差Biz」は「都民ファースト」ではない
東京都が実施した「時差Biz」キャンペーンを覚えているだろうか。通年キャンペーンだと思ったら、7月11日から2週間のキャンペーンだった。「満員電車を解消するために、2週間の早朝通勤を試してみませんか」という話だ。このキャンペーンで、都民は満員電車から解放されただろうか。 - 東京圏主要区間「混雑率200%未満」のウソ
お盆休みが終わり、帰省先から首都圏に人々が帰ってきた。満員の通勤通学電車も復活した。国も鉄道会社も混雑対策は手詰まり。そもそも混雑の認定基準が現状に見合っていないから、何をやっても成功できそうにない。その原因の1つが現状認識の誤りだ。 - 小田急電鉄「保存車両全車解体」デマの教訓
開業90周年、ロマンスカー・SE就役60周年と記念行事が続く小田急電鉄について、「新社長の指示で保存車両を全て解体するらしい」という怪文書が出回った。正確には一部解体にとどまり、将来の博物館建設につながる話でもあった。ほっとする半面、この騒ぎから読み取っておきたいことがある。 - JRダイヤ改正で市販時刻表もダイワリ改正
JRグループは3月4日、例年より少し早くダイヤ改正を実施した。新幹線開業など大きなトピックはなかったけれど、スピードアップや駅の廃止、路線延長など各地で動きがあった。その変化を正確に示す書物がある。市販の時刻表だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.