「あと3カ月で資金が尽きます」 “ステーキ王”を生んだ苦難と覚悟:夏目の「経営者伝」(2/4 ページ)
2017年8月15日、ペッパーフードサービスは東証一部上場を果たした。1970年に誕生したたった12坪の店は大企業へと成長。だが、同社社長の一瀬邦夫氏は新たな目標を掲げている。「アメリカでチェーン展開し、全米制覇を目指す!」と言うのだ。一瀬氏の人物伝、第2回はズバリ「夢のかなえ方」だ。
「あと3カ月で資金が尽きます」
一瀬氏の人生を振り返ると、彼は度々、この「失敗」を力に変えていた。その後、「ステーキくに」の売り上げは順調に伸び、自社ビルも建設、周囲は「もうビルを持ったのか!」と一瀬氏を褒めそやしたが、これが落とし穴だったのだ。
「この時、夢をかなえた、成し遂げた、といった錯覚を持ってしまったんですよ」
前回もお伝えしたが、夜の街の店に入り浸ったのもこの頃だった。オーナーシェフである一瀬氏のタガが緩み始めると、店は思わぬ速さで傾いていった。
飲食店は、オーナーシェフが社長になる瞬間が難しい。多店舗を目指す、シェフから経営者に脱皮する、といったときにはどうしてもオーナーシェフ以外の人間が店を切り盛りする時間が増える。腕がいい、知人が多い、思いがあるなど、何かを持っていて、そんな人間が必死で働けば接客も味もいい。しかし、同じ思いを持って働いてくれる仲間がいなければ店はこれ以上大きくはならないのだ。
そして一番大きな課題だったのは、せっかく募った店員が2〜3カ月に1人「辞めたい」と言ってきたことだ。なぜ社員は辞めてしまうのか。他の会社には、一生懸命働いてくれる人間がいる。彼らはなぜ一生懸命なのか?
うすうす分かっていた。彼らがここで頑張って何があるのだろう? 社長はもう満足している。ということは伸びしろはない。とすると――。
「この時、やっと分かったんです。人は、夢がある人間についていくんですよ。今よりいい暮らしがしたい。尊敬されたい、腕前を磨きたい。そんないろんな思いをかなえるのが経営者の使命だったんです。なのに、自社ビルなんかで満足するなんて、僕はなんて小さな人間だったんだろう。結局、自分が変わるしかなかったんですよ」
しかし、頑張って店を増やすと、また次の壁があった。一瀬氏は、スタッフに何も言えなくなってしまったのだ。店を増やしたからこそ、人が必要だ。そして、店員を育成し、慣れてもらうまでには時間がかかる。料理人ならなおさらだ。一瀬氏は「辞めたい」と言われたくないあまり、まったく自分の思いを伝えられなくなってしまっていた。
「お店に行くと『もっとこうしなきゃ、ああしなきゃ』と目につくんです。でも、辞められるのが怖くて言えないんですよ。ついには不手際が多かった従業員にさえ注意できなくなっていきました」
糸が切れた凧、とはまさにこのこと。経営者が「理想のお店とは」を失い、店員にこびるばかりなら、真面目な店員さえどう動けばいいか分からなくなる。客は鋭い。料理が遅い、水が出てこない、そんな小さなミスで離れていく。ついに、せっかく流行っていたお店は多店舗化によって全店が赤字になり、一瀬は個人口座のお金を資金繰りに当て始めた。
そして、財務担当者の「あと3カ月で資金が尽きます」という一言が、ついに一瀬氏の頬をひっぱたいた。
関連記事
- サイバーエージェント社長が明かす「新規事業論」
自ら事業を立ち上げ、会社を成長させていく起業家たち――。本連載では、そんな起業家たちの経営哲学に迫る。今回登場するのは、サイバーエージェントの創業社長、藤田晋氏だ。 - 藤田社長が「AbemaTV」に“ムキになる”理由
サイバーエージェントの藤田晋社長は、なぜ「AbemaTV」を立ち上げたのか。何を目指しているのか。前回に続いて、藤田社長の経営哲学に迫っていく。 - サイバーエージェント社長が実践する「強い組織」の作り方
サイバーエージェント、藤田晋社長の経営哲学に迫る連載。最終回は「組織作り」「マネジメント」を中心にお伝えする。藤田社長が子会社の経営を若手社員に任せる理由とは? - マクロミルをつくった“妄想家”の軌跡
自ら事業を立ち上げ、会社を成長させていく起業家たち。彼らはどのように困難を乗り越え、成功を手にしたのか。経済ジャーナリストの夏目幸明氏がその軌跡を追いかける。第1回はマクロミルの創業者、杉本哲哉氏の創業エピソードをお伝えする。 - 組織を引っ張るためには「夢を語るしかない」
自ら事業を立ち上げ、会社を成長させていく起業家たち。彼らはどのように困難を乗り越え、成功を手にしたのか。前回に引き続き、経済ジャーナリストの夏目幸明氏がマクロミルの創業者、杉本哲哉氏のエピソードをお伝えする。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.