トヨタがレースカーにナンバーを付けて売る理由:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/5 ページ)
東京オートサロンのプレスカンファレンスで、トヨタはとんでもないクルマを披露した。「GRスーパースポーツコンセプト」。FIA世界耐久選手権(WEC)に出場したTS050 HYBRIDをわずかにアレンジしたもので、お金さえ払えばほぼ同じものが買えるというのだ。
電力をレースで使うということ
それは簡単な話ではない。そもそもバッテリーは高速走行に向かない。この世界に時速180キロで連続して2時間走れるEVは存在しない。ガソリンエンジンならカローラでもできることだ。こういう全負荷領域では、EVは恐ろしく電気を食う。電力がもたない。日本の公道を走るなら最高速性能が低くとも関係ないが、レースではそうはいかない。
かつての時速400キロ時代に比べ、最高速度が出ないようにコースレイアウトが改められたル・マンだが、それでも時速330キロレベルが求められる。この領域ではエンジンが主役なのは間違いないが、そこは100分の1秒を争うレースの場、「モーターは休んでいていいよ」というわけにはいかない。回生能力にはレギュレーションでエネルギー量の制限がかけられているので、電気をどううまく使うかを徹底的に考えるしかない。
もう1つ問題がある。公道走行と違い、レースでは減速加速度がはるかに高い。つまり短時間で大きなエネルギーを回収しなくてはならない。バッテリーは電気エネルギーを化学エネルギーに変換して蓄積する装置なので、大電流を一気に発生させれば、それをロスしないように化学反応させて蓄積できなくてはならない。もちろん加速でモーターを回すときはこの逆のシークエンスが発生する。そもそもの大原則として化学反応はゆっくり行いたい。一気に行うと温度上昇やガスの大量発生を含む数多くの面倒ごとが起きるからだ。
その技術がなければハイブリッドのレースカーは作れないのだ。実際トヨタはこの問題を解決するため初期はバッテリーではなくキャパシタ(コンデンサ)を使っていた。キャパシタは電気を静電気として貯めるのでエネルギー変換のステップがなく、大口の出し入れに強い。しかし一般にバッテリーより容量あたりサイズが大きい。トヨタは技術的ブレークスルーによって、バッテリーでこの問題を解決し、現在ではバッテリーを用いている。
さて、こうしたレースで培われたさまざまな技術改革をフィードバックすることによって、GRスーパースポーツコンセプトは超弩級の動力性能と環境性能を両立させることを狙っている。しかし友山副社長は「最先端のIT技術を駆使した、安全で、環境に優しい、コネクティッドカー」と言う。安全やコネクティッドは何を意味するのか? 先にフェラーリの例を示した。彼らはタイヤの使い方で安全性を確保した。
トヨタはそこを電子制御とコネクティッドで対処しようとしているのではないか? 例えば、コネクティッドを経由した情報をクラウドに上げ、人工知能(AI)が分析して、フィードバックする。スーパースポーツのための高度運転支援と考えれば、戦闘機のコンピュータ支援システムに近くなる。ひとまず法律をおいておいて、これだけのスーパースポーツの性能を引き出そうとすれば、人間の処理能力を超えるケースも出てくる可能性は十分にある。そこをAIがカバーするというわけだ。
レーシングカーのままでは、素人が公道で運転するものとしては、安全とは言えない。そこを幻滅させない、つまり性能を落とすのではなく、安全に仕立ててやってこそプレミアムビジネスである。高度な先進安全テクノロジーによってそれを担保するならトヨタは全く新しいスーパースポーツを世に送り出せるだろう。
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