東京都の「選ばれし6路線」は実現するのか:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/6 ページ)
東京都は「平成30年度予算案」に「東京都鉄道新線建設等準備基金(仮称)」の創設を盛り込んだ。2016年に交通政策審議会が答申第198号で示した24項目のうち、6路線の整備を加速する。6路線が選ばれた理由と、選ばれなかった路線を知りたい。
・多摩都市モノレールの延伸 多摩センター〜八王子(約1900億円)
多摩都市モノレールの当初の計画路線である。候補3路線のうち、この1路線だけが除外された。他の路線は建設空間として道路が整備されつつあるけれども、この路線だけは未確定要素が大きい。建設予算の見込みも立たず、まだ検討のテーブルに乗せられないという判断だろう。このレベルの検討熟度でも採用されないから、もっと検討熟度の低い構想が採用されるわけがない。
・京葉線の中央線方面延伸(約4500億円)
京葉線の東京駅から西へ延伸し、地下線路を建設して中央線の三鷹に至る計画。湘南新宿ラインや上野東京ラインの南北軸のように、東西軸を整備する構想だ。京葉線の東京駅は、成田新幹線として使う地下空間を転用したといわれている。また、東京駅から南へ大きく逸れている理由は、成田新幹線と中央新幹線を直通させるため、皇居地下の通過を避けたからという話もある。その意味では京葉線と中央線を結ぶ話に納得だし、東京駅の現在の位置も理にかなっている。しかし、大深度地下の工費と採算性のバランスに難点がある。
・中央線の複々線化(約3600億円)
中央本線の三鷹以西、立川までを複々線化する計画。用地確保や採算面で課題が多く、JR東日本がどれだけ複々線化を望むかにかかっている。私鉄の複々線化は系列の不動産業と相乗効果を狙える。JR東日本が中央線沿線で大規模な不動産開発を展開したら、輸送量アップを検討するかもしれない。いずれにしても、主体はJR東日本だ。東京都が基金を作ってまでケアする必要があるか、ということだろう。
・京王線の複々線化(約1695億円)
京王電鉄京王線の笹塚〜調布間を複々線化する構想。小田急や東急の郊外区間は神奈川県になるけれども、京王電鉄は全区間が東京都だ。京王線は日中も列車が渋滞するほど混雑しているようで、都民ファーストの東京都なら手を貸しても良さそうに思う。主として京王電鉄に利するという部分で、平行するJR中央線、小田急電鉄に対する遠慮であるのだろうか。
・区部周辺部環状公共交通の新設(1兆2400億円)
「メトロセブン」「エイトライナー」のキャッチフレーズを覚えている人も多いだろう。東京都23区の外周を通る環状道路の地下に鉄道を通す計画だ。江戸川区の葛西臨海公園を起点とし、時計回りに環状7号線の地下を通って赤羽に至り、環状8号線に移って大田区田園調布に至る。答申第198号の図では、多摩川駅から東急多摩川線に乗り入れて蒲田に至る様子も示された。
この構想も長い歴史がある。エイトライナー促進協議会の前身「新交通システム等研究会」は1986年の発足。環七高速鉄道(メトロセブン)促進協議会の発足は94年だ。もう30年も定期的に促進大会を開き、自治体、国土交通大臣への要請を実施している。
この路線の問題は需要が大きすぎることだ。現状で環状7号線も環状8号線も朝夕の渋滞が定常化している。日中の渋滞要因の1つは路線バスだ。そのバスでさえ遅れを嫌われる始末となっている。バスやマイカーから地下鉄に移行してくれたら、道路交通はもっと円滑になると思われる。
しかし、需要をまかなう線路、車両を用意すると1兆円を超える投資になる。ちなみに都営地下鉄大江戸線の総建設費は9600億円だった。開業から26年たって、ようやく収支均衡になりつつある。大江戸線のようなプロジェクトをもういちど……というなら、6つの路線の基金ではなく、単体の特別プロジェクトが必要だろう。
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