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就活をやめてエストニアへ そこで私が確信した日本と世界のキャリア観の決定的な違い今までの常識を覆す(2/6 ページ)

普通なら就職活動真っ只中の期間である大学3年生の1月から大学4年生の6月までの約半年、就活を中断してエストニアに留学中の筑波大学4年生、齋藤侑里子さん。そんな彼女が現地で感じた、日本の就活への違和感、グローバルスタンダードなキャリアの築き方とは――。

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無職の両親を見て芽生えたキャリア意識、しかし就活で挫折

 齋藤さんは幼いころから、他の子どもに比べて「キャリア」というものを、それはもう無意識と言っていいほどに意識していました。いや、意識せざるを得なかったと言っていいでしょう。小学校高学年のころ、クラスの文集に書いた将来の夢は、同級生の女の子たちが花屋、ケーキ屋という中、彼女だけは「キャリアウーマン」。それには、彼女が育った家庭環境が大きく影響しています。

 父親はそううつ病を患い、齋藤さんが物心つく前から働いておらず、ほとんどの時間を家で過ごしていました。その上、彼は家庭を顧みず、金遣いも荒い。そうして、両親は齋藤さんが10歳のときに離婚。母親はその後、心労がたたり、彼女もまたうつを患い、約3カ月間入院。その間、勤務していた会社では休職扱い、復職後、非正規雇用となり、ついには解雇に直面しました。

小学生のころの写真。「カメラの前で笑うのが苦手だったんです」と齋藤さん
小学生のころの写真。「カメラの前で笑うのが苦手だったんです」と齋藤さん

 そんな両親の様子を目の当たりにし、齋藤さんは家庭へのコンプレックスを抱き続けました。一方で、そのコンプレックスは、「家庭環境を言いわけに自分の可能性を押しとどめたくない。自分のやりたいこと、なりたい姿は努力で実現できるって、その姿を周囲にロールモデルとして示したい」という原動力へと変わっていきました。

中段、右から6番目が齋藤さん。大学3年の春、iLEAP Social Innovation and Leadership Programに参加した時の写真
中段、右から6番目が齋藤さん。大学3年の春、iLEAP Social Innovation and Leadership Programに参加した時の写真

 大学では学生キャリア支援の団体や国内外の複数の企業でインターンを経験。いずれも持ち前のキャリア志向で行った選択でした。当時の友人からは、「さいとー、意識高い系!」なんて言われることもありましたが、純粋に社会そのものや働くことに興味があったのだそうです。

 お世辞にも「恵まれた」とは言えない家庭環境で育った彼女でしたが、大学3年生まで「挫折」を味わったことはありませんでした。しかし……。

 人生最初の挫折は「就活」。「キャリアとは、自分のやりたいこと、なりたい姿を自分の努力で実現するもの」と思い込んでいた彼女は、直感的に「違和感」を抱いてしまったのです。

 「エントリーシートの添削、グループディスカッションや面接のロールプレイ。 俗に言う『就活対策』はしませんでしたし、選考でリクルートスーツを着る会社は受ける気にならなくって……(笑)」

 「就活クチコミサイトに載っている情報の鋼を身にまとうより、これまでの経験、それを通じて培ってきたもの、自分自身からにじみ出てくるもので認められたい」、就活そのものに抗うかのようだった彼女は、第1志望だった会社の一次選考で、見事に「不採用」。一方で、「本命は別、これは練習」と、就活対策万全で臨んでいた隣の女の子は選考を難なく通過していったのでした。

就活期、筑波大学のキャンパスにて
就活期、筑波大学のキャンパスにて

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