患者1000人以上がかかりつけ レジェンド薬剤師が貫く仕事の作法:薬だけでなく患者個人に向き合う(3/3 ページ)
患者の薬全般の指導を請け負う「かかりつけ薬剤師」の中でも1000人以上を担当する“レジェンド”な女性が日本調剤にいる。秘訣は患者に寄り添い心を開かせる接客にあった。
「対物」から「対人」の仕事に
高齢者以外にもさまざまな人が薬局を訪れる。例えば小さい子どもを持つ母親は、わが子に薬を飲ませることにナイーブになりがちだ。「こんなにたくさん飲ませなくてはいけないんですか」とよく相談される。
紀平さん自身「私もわが子にあまり薬を飲ませたくなかった」と振り返る。飲まなくていいですよ、とは職業上言うことができない。言葉を尽くして説得し、例えばその子どもが受験を控えているのなら、副作用で眠たくなるのを避けるために「寝る前だけに飲んでください」などとアドバイスする。あくまで患者に寄り添い、頭ごなしに命令しない。「患者は出された薬を絶対に飲むべき、という考えは持っていない」とまで言い切る。
かかりつけとして担当する患者の中には外国人もいる。日本語があまり流ちょうではないある米国人の患者には英語で薬について説明している。ある日、この人から電話で「体に以前もあった症状が出そうだ。どうしたらいいか」という内容の相談があった。
紀平さんは今すぐ病院に行くべき状態と判断。即座に「救急車を呼んで」と伝えた。その後「今、病院で点滴を打っている。ありがとう」とこの米国人から電話があった。紀平さんはこの人の主治医にも連絡を取り、救急搬送された経緯まで細かく報告も行った。
「1回1回の服薬の指導はあくまで『点』でしかない。毎回、同じかかりつけ薬剤師が指導をしていくことでそれが『線』になる。加えて私は時間のある限り(患者の抱えている)背景を引き出す」(紀平さん)。
「痩せられましたね」といった何気ない会話を繰り返すことで患者は「私のことを覚えていてくれたんだ」と紀平さんを信頼し、心を開いてくれる。患者に寄り添いながら、きめ細かく観察して相手の様子を把握し服薬やアドバイスに生かす。そんな繊細な作業の積み重ねこそが、「レジェンド」とうたわれる紀平さんの仕事を支えている。
「ネットで薬は買えるので薬剤師は要らないという極論すら最近は出てきた。でも、薬剤師の本当の役割はまさにこうやって患者の『かかりつけ』になること」(紀平さん)。日本調剤の担当者も「彼女のように薬剤師の仕事は薬を売るだけの『対物』の業務から、患者ときちんと向き合う『対人』の仕事にシフトしつつある」と指摘する。
いろいろなサービスの機械化やオンライン化が進みつつある今。いくら貴重な国家資格を持っていても、従来のような事務作業しかこなせないビジネスマンの居場所は徐々に無くなりつつある。紀平さんのような、オンラインサービスやAIだけでは代替できないアナログな能力や工夫が今後、さらに重要になっていくかもしれない。
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