AKB48・岡田奈々のプレゼン術 あの名言はいかにして生まれたか:アイドルというキャリア(5/5 ページ)
AKB48グループが年に1度開催する選抜総選挙。そのイベントの中で目玉の一つがメンバーによる壇上でのスピーチだ。ここに並々ならぬ思いを込めている岡田奈々さんはどのような姿勢でプレゼンテーションに臨んでいるのだろうか。
歌詞と自分の人生を重ねる
岡田さんの言動を見ていると、21歳のアイドルとは思えないような、地に足の着いた考え方を持っていることがうかがい知れる。
例えば、このインタビュー取材においても、さまざまな角度からの質問に対して、その場のノリや流れで答えるのではなく、一度自分の中で咀嚼して、話すことを整理してから発言していた場面が多々あった。さらに、自分自身の考えやスタンスがブレていないので、澱みなく応じることができるのだろう。
岡田さんの思考の土台になっているものは何だろうか。
「AKB48に入ってから考え方がすごく変わったこともあるんですけど、秋元康先生の歌詞の影響は大きいです。AKB48としていろいろな曲を歌っていく中で、自分の考え方や生き方が作られていったなと実感します」
影響を受けた歌詞は数多いというが、とりわけ2018年1月に行われた初のソロコンサートで歌った「イキルコト」と「考える人」は自分自身にとても響いているという。「歌詞のすべてが自分の人生の何かと重なっています。きっとこの歌詞は私だけではなく、いろいろな人に響くのではないかな」と岡田さんは説明する。
また、大好きなアニメも岡田さんの考え方を形作ったという。幼少のころからたくさんのアニメを見て育ち、自他ともに認める“アニメオタク”。そんな岡田さんが最も好きなアニメが「交響詩篇エウレカセブン」だ。これは主人公である14歳の少年がさまざまな出会いや困難などを経験しながら成長していく物語で、岡田さん曰く、主人公のレントン・サーストン少年は真っ直ぐで、ピュアで、見ている人に勇気を与えてくれる存在なのだという。
「その姿を見たときに、自分自身と重ねました。私も真っ直ぐな気持ちで成長していきたい、強くなりたいと思うようになりました」
ちなみに、岡田さんの座右の銘である「ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん」は、エウレカセブンで登場する言葉だ。
AKB48グループでのキャリアを全力で生き抜きたいと宣言した岡田さん。そこにはこのグループとの出会いが自分自身の人生を変えてくれたという感謝の念もある。次回は、岡田さんがこの世界に飛び込んだ理由、仲間やファンとのかかわり、そしてこれからの生き方などに迫る。(次回に続く)
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