働き方改革の中で、私たちは何に向き合うべきか 経営学者・宇田川元一さん:組織論、経営戦略論の研究家に聞く(5/5 ページ)
皆が快適に働ける環境を実現するために、企業はどのような組織づくりを目指していけばよいのだろうか? 組織論、経営戦略論を研究する経営学者の宇田川元一さんに聞いた。
「見えないことにしてきた問題」と向き合うべき時がきた
宇田川: 少しは話は変わりますが、1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・A・サイモンは「人間の認知領域には限界がある」と主張しました。これ、平たく言うと「人間はバカだ」とおっしゃっている(笑)。
素朴な経済学では、人間が「常に完全情報化における合理的な判断で動くこと」を想定して理論がつくられたりするのですが、現実はそうもいかないですよね。向けられる注意には限界があるし、だからこそ思いつく選択肢も限られてくる。
理想を突き詰めるのは無理だから、せめて「認知できる範囲、思いつける範囲の選択肢で満足しよう」と考えるのが人間だと、サイモンは指摘したのです。これを、「満足化基準」と言います。
WORK MILL: その考え方、思い当たる方は多いと感じます。
宇田川: これに加えて、心理学者のレオン・フェスティンガーは「人間は現状で認知できている範囲の外側について、むしろ積極的に見ないようにしている」と言いました。つまり、「人間は今の自分にとって都合のいいものしか見ない」と。
現状の認知と新たな認知の間に矛盾が生じている状態を「認知的不協和」と呼びます。この状態の不快感から逃れるために、人は都合よく新たな認知の解釈を変えてしまったり、「そもそも気にすることじゃないよね」と見なかったことにしたりする。これは、平たく言うと「人間は愚かだ」ということですね(笑)。
WORK MILL: なんだか耳が痛くなってきました……。
宇田川: 先ほどの話につなげていくと、「質的な問題」について考えるヒントは、実際に会社の現状と向き合えば、たくさん見つかるんです。「最近、メンタルで休む人が増えてきた」「退職者が増えてきた」「KPIは達成してるのに売り上げが伸びてない」などなど。
でも、皆そういう部分と向き合うのが、心のどこかで面倒だと感じている。だから本質的な問題は「見えない」ことにして、手っ取り早く取りかかれる「量的な問題」にすり替えてしまったりする。
WORK MILL: なるほど。
宇田川: 私たちがこれから組織、共同体をより良い場所にしていくためには質的な問題……言い換えれば、「多義性の問題」と向き合わなければいけません。「多義性の問題」というのは、立場によって多様な状況の定義が可能なため、“正しさ”がぶつかりうる問題です。
一筋縄には解決できないこれらの問題と向き合うためには、私たちが今まで意識の外に置いていた物事や人にも目を向け、新しい認知のフレームをつくる必要があります。認知的不協和を認め、その問題を自分たちで打破していくのです。
そして、この「新しい認知のフレームをつくる≒今まで避けてきた物事や人と向き合う」ために不可欠になってくるのが……私が専門領域として取り扱っている「対話」なんです。
<参考文献―話題に上がったトピックについてさらに詳しく知りたくなったら>
・質的問題と量的問題
カール・E・ワイク(遠田雄志訳、『組織化の社会心理学 第2版』文眞堂)
・「情報の非対称性」について
ケネス・J. アロー(村上泰亮訳、『組織の限界』筑摩書房)
・「ポストモダン」について
ジャン=フランソワ・リオタール(小林康夫訳、『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム』水声社)
・「認知限界」「満足化基準」について
ハーバート・A・サイモン(桑田耕太郎訳、『経営行動』ダイヤモンド社)
・「認知的不協和」について
レオン・フェスティンガー(末永俊郎訳、『認知的不協和の理論―社会心理学序説』誠信書房)
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