日本の介護問題、処遇改善よりも効果的な人材不足への対応策を:カギは高技能労働者(5/6 ページ)
高齢化などに伴い、日本では介護人材の確保が困難となっている。その理由の1つには、介護職員の賃金が他産業と比較して低いことが指摘されている。そのため政府はさまざまな処遇改善策を実施してきたが……。
低賃金が指摘される理由
女性労働者の間で比較すれば、現状の介護産業の賃金は水準で見ても、また技能との関係で見ても、一般に指摘されるほど低いというわけではないことが分かった。それにもかかわらず介護労働者にとって賃金の満足度が低く、また賃金の低さが離職理由として多く挙げられる背景には、業務の負担の大きさに比べて賃金が低いと感じられている点があるのではないか。
花岡[2015](※6)は、業務特性(利用者の抱きかかえや頻繁な前かがみ、中腰、体幹のひねりを伴う姿勢が生じる介護作業が多い)から疾病・ケガの確率が高い介護労働者が、「業務上のリスクに対する賃金プレミアムを考慮にいれて給与水準を評価している」可能性を指摘している。
実際、第三次産業の中でも保健衛生業(社会福祉施設など)の労働災害発生数は多い(2017年の労働災害における第三次産業の死傷者5万6002人のうち2割以上が保健衛生業)(※7)。
具体的な労働災害の事故の型を見ると、社会福祉施設では、施設利用者の移乗介助中などでの腰痛等の「動作の反動・無理な動作」(34%)が最も多く、次いで「転倒」(33%)といった行動災害が多い。公益財団法人介護労働安定センター[2018]でも、介護職員の労働条件等の悩み、不安、不満等には、「人手が足りない」に次いで「仕事内容のわりに賃金が低い」(マーカー筆者)が多く挙げられている。
業務の割に賃金が低い、つまり業務負担が大きいと捉えられているのだとすれば、一部のキャリアの長い介護福祉士に対して処遇改善を行うだけではなく、ICTの導入や介護助手(※8)の活用等によって介護労働者の負担軽減を図る方が、介護人材の確保や定着には効果的と言えよう。
例えばICT一つを見ても、介護分野でも介護記録など作成文書の削減・簡素化による文書量の半減に向けた取り組みが進められているが(※9)、他の産業と比較して介護分野での利活用は遅れている(※10)。
データは少し古いが、「平成24年版 情報通信白書」(総務省)では、ICT利活用の状況について産業別に偏差値化を行っている(全産業の偏差値平均50)。そこでは、基盤インフラ(ネットワーク化、基盤ICT、ユビキタス・クラウド)、ICTツール(情報発信・共有ツール、先端ツール)のいずれの項目についても、保健・医療・福祉関連の偏差値が平均以下である様子が示されている(図表7)。ICTの利活用を促進させることで、介護分野の業務負担を軽減する余地は大きい。
※6 花岡智恵[2015]「介護労働力不足はなぜ生じているのか」独立行政法人労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』 2015年5月号(No.658)(2015年4月)、p.22
※7 厚生労働省「平成29年における労働災害発生状況(確定)」(2018年5月)
※8 介護助手に関しては、石橋未来「生産性向上と離職率低下をもたらす介護助手の活用」(大和総研レポート、2018年10月11日)を参照。
※9 未来投資会議(第16回)資料8「次世代ヘルスケア・システムの構築に向けた厚生労働省の取組について」(2018年5月17日)
※10 ICTシステムを利活用した事業の実施状況について自治体調査(2016年度調査)を行ったところ、「防災」(88.5%)が最も高く、次いで「教育」(80.8%)、「防犯」(66.8%)であるのに対し、「医療・介護」(37.7%)、「福祉」(46.4%)の実施率は低い(株式会社情報通信総合研究所[2017]「地域におけるICT利活用の現状に関する調査研究報告書」(2017年3月、総務省の委託調査))。
関連記事
- 残っても地獄、辞めても地獄……多くの日本人が悩む働き方の現実
「会社を辞めるべきか、このまま続けるべきか」。そんな悩みを持つサラリーマンは多いだろう。筆者も相談をよく受けるという。しかしながら、日本の場合は「残っても地獄、辞めても地獄」ということが多々あるので、よほどの強い覚悟が必要なのだ。 - なぜ「優秀な若手」は会社を辞めるのか 調査で分かった、なるほどな理由
昨今のビジネス界では、優秀な若手社員が離職するケースが相次いでいるという。それはなぜなのか。どうすれば防げるのか。リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所の古野庸一所長に意見を聞いた。 - 違反すると懲役刑や罰金刑も! 「残業時間の上限規制」の影響を弁護士に聞いた
2019年4月から働き方改革関連法が施行される。「残業時間の上限規制」など関連法の内容と、企業団体の人事・総務に求められる具体的な対応を、TMI総合法律事務所パートナーの近藤圭介弁護士に聞いた。 - 「働かない」ことばかり注目されている日本は大丈夫か?
15年間勤めた経済産業省を退職し、ベンチャー企業を起業した元官僚が語る「働き方」とは? 第1回は「働かない」ことを重視し過ぎている日本の働き方改革にメスを入れる。 - 「サービス残業は当然」「お前はバカか」――怒号飛び交う“ブラック企業”体験イベントが怖かった
“ブラック企業”の就労体験ができる企画「THE BLACK HOLIDAY」の報道公開が11月22日に開催。参加者は上司・先輩役による暴言などに耐えながら、架空の企業の新入社員として約1時間働く。脚本は事実に基づいて作られており、非常に緊張感のある内容となっていた。
Copyright © Daiwa Institute of Research Holdings Ltd. All Rights Reserved.