自由な働き方を実現させる最終兵器 「ABW」は日本で根付くのか?:求められるのは「パーソナライズ化」(3/3 ページ)
最近、欧米の企業が相次いで導入し注目を集めている勤務形態「ABW (Activity Based Working)」。仕事の内容に合わせて、好きな時に、好きな場所で働く、この働き方は日本で根付くのだろうか?
海外の取り組みを結果まで追う
――オフィス事業はコンサルタント、不動産業、建設業という職種だと思いますが、「Worker's Resort」で海外の情報を発信しているのははぜですか。
オフィス事業は基本的にBtoBですが、メディアを持つことで個人に向けての接点がもてます。ワークプレイスだけでなく、働き方に考え方をシフトしている企業の情報を個人にも伝えていきたいと考えて始めました。
――米国に支社がありますが、稲田さんとアメリカ支社で連携して取材をしているのですか。
米国の大学を卒業後に、日本と米国とを行き来しながらキャリアを積んだ生駒一将という20代の編集者兼ライターと、私が年に数回出張で訪れながら、2人で取材を行っています。生駒は米国で働いていたので、彼の知見や人脈もあります。
――取材ではどのようなことを意識していますか。
例えばこの制度を導入しましたというリリース情報は入りやすい一方、その結果どうなったのか、という話はなかなか入ってこないのが実態です。それで現地へ行って取材して、実際どうなったかを調べて書くことが多いのです。
米国ではいま、企業の中にカフェを作ることを禁止する動きがでています。Facebookはカリフォルニア州マウンテンビュー市に新しいオフィスを作りましたが、無料のカフェテリアをつくることを禁じる規制が市議会で可決されました。
この規制が作られたきっかけは、同じ市内にあるグーグル本社の無料カフェテリアの影響で、周辺の飲食店の経営が成り立たず、オーナーから苦情があがったことでした。サンフランシスコ市でも同様の法案が提案されましたが、こちらは否決されました。この問題は他の都市でも広がる可能性がありますので、動向を追い続けています。(参照記事:「企業カフェテリアが禁止に?巨大テック企業従業員も困惑の事情とは」Worker's Resort 2018年11月13日)
――他言語展開をしていますが、どれくらいの国の人に読まれていますか。
日本語版を週1回か2回上げるようにして、あとは英語、ベトナム語、中国語で展開しています。英語版は反響が大きく、117か国から流入があります。ベトナムでは国営放送からインタビューをうけて、30分のテレビ番組が放送されました。ベトナム語での放送だったので、何を話しているかが私は分からなかったのですが(笑)。内容は米国の情報が多いものの、これからはもっと欧州の情報を拾っていきたいと考えています。
意識していることは、日本の企業の方が読んだときに、日本だったらこうすればできるのではないかと思ってもらえるように、ローカライズして書くことです。そうすることで経営者に対して、働き方について考える必要性を啓蒙できればと思っています。
経営者が新しい取り組みを許容できるか
――ローカライズを意識されているのは、働き方改革は経営者が理解しないとできないと考えていらっしゃるからですか?
日本企業の場合、総務が働き方改革と向き合うことが多いと思いますが、総務は何かを削減することから始めがちですよね。またそのような役割を求められている方が実際多いのではないかと思います。でも新規事業をつくるとか、他社と差別化するとか、削減とは真逆の働き方改革も必要だと思っています。その決定は、経営者しかできないことです。
経営者は新しい取り組みを許容して、やりたい人がいたら認めてあげる。そういう文化を企業の中で作っていく必要があります。何もしなければ、同業他社がどんどん成長して、取り残されてしまうのではないでしょうか。
さらに言えば、働く人自身が環境を選ぶことも大切になってくると思います。経営者が決断して、ソファ席や個別ブース、スタンディングなどさまざまなスペースを用意できても、使う人が自分の活動に合わせて最適な場所を選ぶ動きがないと、結局使われなくなります。
ABWは人の活動ベースで働き方を考え、生産性を最大化するための働き方改革の戦略です。企業が用意した選択肢と、働く人の能動的な選択が合致することで、生産性の高い活動ができるようになると思っています。
日本はもっと踏み込んだ議論が必要
以上が稲田氏へのインタビュー内容だ。インタビューを終えて、働き方に対する問題意識が、企業だけでなく個人レベルでも高まっていることを実感した。特に、これから多様な働き方の選択肢を用意できない企業は、採用活動でも不利になるという稲田氏の指摘には納得させられた。
働き方で仕事を選ぶときに根強い人気があるのは、比較的定時で帰れる地方公務員というのが、筆者が持っているイメージだった。しかしそれは昭和から続く、日本の働き方の典型的な価値観といえる。
そうではなくて、時間も場所も含めて、個人に最適な形で働く環境を作ることが、経営者の決断次第で可能だと理解できた。パーソナライズ化はこれから就職する世代にも合っていて、いい効果をもたらす可能性がある。
欧米の企業は相次いでABWを導入して、生産性を上げているという。日本ではいよいよ働き方改革関連法が4月から順次施行される。制度改革だけではなく、働く人も、企業も、社会全体も良くなるように、働き方についてもっと踏み込んだ議論が必要ではないだろうか。
著者プロフィール
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。「スポーツ報知大相撲ジャーナル」で相撲記事も担当。Webサイトはhttp://tanakakeitaro.link/
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