日清食品HDの知られざる「IT革命」とは? 変革の立役者に直撃:武闘派CIOに聞く、令和ニッポンの働き方改革【前編】(3/4 ページ)
40年間使い続けた古いシステムを撤廃、ビジネスの課題を解決できるIT部門へ――。そんな大きな変革プロジェクトでIT賞を受賞したのが日清食品ホールディングスだ。2013年、CIO(chief information officer)に就任した喜多羅滋夫氏は、どんな方法で昔ながらのIT部門を“戦う集団”に変えたのか。プロジェクトの舞台裏に迫った。
一大プロジェクトを終え、次のチャレンジは
―― システム刷新という一大プロジェクトを終えて、次の目標をどのように定めていますか?
喜多羅氏 基礎工事が一段落したので、本来すべきことへのチャレンジを始めることが目標なのですが、システム刷新プロジェクトは大変な仕事だったこともあり、多くのスタッフに燃え尽き感がありました。達成感は大きかった分だけ、いったん頭を休ませる必要もありました。
そこで、「次に何をやるか」を自分ごととして考えてもらうために、IT部門の中期経営計画を全員で検討してもらうことにしました。その中には、例えば「AIを使いましょう」「ディープラーニングを使いましょう」「デジタル武装しましょう」といった話も出てくるわけです。実現性があるかどうかは別としても、自分たちのあるべき将来像に意識を向けることが大事なのです。
一方で、苦労して導入したERPをどんな形で水平展開していくのか、ということも考えなければなりません。「ここはSAP製のERP製品でやったけれど、それ以外の所もSAPの製品でやるべきなのか」といったことも含めて、これまでの経験をもとに横展開を考えてみようということです。
この横展開をする上では、これまで身につけてもらったことが役立つはずです。例えば、本格的なRFI(Request For Informattion:情報提供依頼書)、RFP(Request For Proposal:提案依頼書)を作ったことがない組織だったわけです。
そこで、新たに大きなプロジェクトを立ち上げるときには、RFIからRFPへの流れで提案を絞り込んでいくこと、次にRFIからRFPにどうつなげるのかと説明し、上がってきたRFPを見て、「どういう基準で選考するかというのを考えた上でRFPを出す」という話をして、「仕事は一貫性を持って、ゴールを設定してから先を見た上でするもの」と考えるよう習慣付けていったのです。
今では、こうした考えのもとでIT部門のスタッフは仕事をしていますから、その中で業務部門のニーズとマッチするところが幾つか出てきています。
例えば、サプライチェーンの効率化という課題の場合、SAPを導入する前は受注や販売、在庫については、現場の経験や判断に強く依存していたところがありました。それがSAPを導入したことで、より細かい現場の数字がリアルタイムでとれるようになった。
ERPを入れたばかりの頃は、「なぜ、こんなに細かいデータを入れなければならないのか」といった文句も出ていたのですが、実際に現場のリアルな数字が出てくるようになると、業務の中でボトルネックになっている部分が見えるようになってきたのです。
次のフェーズで、全体の効率を上げていくための打ち手を考えるに当たり、「在庫を減らすには、倉庫からの転送を減らすのか、生産計画を調整するのか」――といったところに、まだまだ宝の山(改善策)があるのではないかと議論しています。こうした課題は1〜2年で片付く問題ではないので、業務部門と連携しながらじっくり取り組んでいく必要があります。
IT部門としてやり遂げたいのは、2020年に向けた中期経営計画の達成をIT施策によって支援することです。私たちが提供するソリューションによって収益を上げたり、コストを下げたりしていくようなシナリオを作っていかなければならない。経営をITで支援するためには、ERPを導入したことでどんな気付きが得られ、どのような改善の機会を作ることができたのか、といったところを明確にしたいですね。そこが1つの挑戦です。
他社のイノベーションをパクれ、そして共有せよ
もう1つは、今、世の中で起こっているさまざまなイノベーションを取り込んでいくことです。そのためにも、スタッフはもっと外の世界とつながっていく必要がある。これは私自身の経験からも、とても大事なことです。
例えば、私自身は武闘派CIOの長谷川秀樹さん(メルカリのCIO)や友岡賢二さん(フジテックのCIO)をはじめ、多くのIT業界の方々と常に連携し、意見交換しています。彼らと話していると、自分の会社の立ち位置や強み、弱みが自然と分かってくるのです。そうした体験を当社の管理職やリーダークラスのスタッフにもしてほしいと思っています。
皆、互いにリスペクトしあう関係だから、会って話すと、相手のことを「すごいな」と思いながら、「でも、自分のところも負けずに頑張ろう」という気持ちになれる。そんな関係性や雰囲気を、今の40歳前後の人たちや、若い人たちに伝えていきたい。次の行動に向けたモチベーションを上げていくために、うちのスタッフはもっと外に出ていかないといけないですね。
―― スタッフが外に出て行くことで、IT部門はどのように変わるのでしょうか。
喜多羅氏 私たち日清食品HDのIT部門は、「売上と利益に貢献する、競争力のあるIT部門になろう」というミッションを掲げていて、そのためには世の中のベストプラクティスといわれるものを「とにかくパクってこい」ということです(笑)。
私の選択はとてもシンプルです。自分たちが常にITイノベーションの先頭にいることはないと分かっているから、自分であれこれ考えている時間があったら、外に行って答えを探してこよう、と。実は、これがイノベーションの近道なんです。
世の中で、これだけ多くの会社がいろいろなイノベーションを起こしているのですから、業種の垣根を越えて学びを得て、それを日清流に味付けすればいいわけです。それで結果が出るならOKですよね。IT領域においてもっともっと外とつながって、早くビジネスの成果を出すことを徹底したいですね。
そして、外から持ち帰ってきたことを、社内で共有する文化を作りたい。「情報持って帰ってきたら、とにかく共有せぇ」と尻をたたいてます(笑)。
関連記事
- 日清食品HDのIT部門トップに聞く 「変化に強いリーダー」はどうやったら育つのか
これまでの当たり前を疑える目を持ち、社内外からさまざまな情報を集めてくるフットワークの軽さがあり、変化に対応できる柔軟なマインドを持っている――。そんな“変化の時代に必要とされるリーダー”は、どうやったら育つのか。 - 日本郵便の“戦う専務”が指摘――IT業界の「KPI至上主義」「多重下請け構造」が日本を勝てなくしている
先進国の中でもIT活用が遅れている日本。その原因はどこにあるのか――。日本郵便の“戦う専務”鈴木義伯氏とクックパッドの“武闘派情シス部長”中野仁氏が対談で明らかにする。 - 間違った方向に行きかけたとき、プロジェクトを止める勇気を持てるか――「東証を変えた男」が考えるリーダーシップの形
今やビジネス課題の解決に欠かせない存在となっているIT。この「ビジネスとITをつなぐ」かけはしの役割を担うリーダーになるためには、どんな素養、どんな覚悟が必要なのか。 - “東証を変えた男”が語る、金融業界の伝説「arrowhead」誕生の舞台裏――“決して落としてはならないシステム”ができるまで
2005年11月から2006年にかけて、システム障害を起こし、取引が全面停止するという事態に陥った東京証券取引所。世間の大バッシングの中、そのシステム刷新をやってのけたのが、現在、日本郵便で専務を務める鈴木義伯氏だ。当時、どのような覚悟を持って、“落としてはならないシステム”を作り上げたのか。 - CIOの役割は「会社の戦闘能力を上げること」 でも、どうやって? 変化の渦中でRIZAP CIOの岡田氏が描く戦略は
これから自社の戦略を大幅に変更し、成長路線を目指すRIZAPグループ。ファーストリテイリング出身で、現在、RIZAPグループでITと経営をつなぐ役割を果たすCIO、岡田章二氏に、変化の時代に会社の戦闘能力を上げるための方法や業務現場との付き合い方、CIOとしての持論を聞く。 - DMM亀山会長がベンチャーブームに物申す「プレゼンがうまいだけの起業家が増えている」
DMM亀山敬司会長、ジーンクエストの高橋祥子社長、Gunosy の福島良典取締役 ファウンダー、セガサミーホールディングス里見治紀社長が、テクノロジーと経営について熱い議論を繰り広げた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.