スバルが生まれ変わるために その1:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
筆者を、スバルは北米の有力ディーラーへと招待した。ペンシルバニア州アレンタウンの「ショッカ・スバル」は、新車・中古車を合わせた販売数で全米1位。新車のみに関しても、全米最多級である。「スバルは他と違う」と、この自動車販売のプロフェッショナルは、本気でそう思っている。けれど、具体的に何がどう違うのかが全く説明されない。北米ビジネスの成功について、何の戦略があり、何をしようとしているのか、それを知りたいのだ。
ちょっと話が変わる。ぐるっと回って戻ってくるまで少々かかるが、許して欲しい。北米でスバルの広告戦略の大成功例として、「LOVEキャンペーン」がある。この戦略の面白いところは、スバルのクルマそのものはほぼ訴求しない点にある。安全性の話も耐久性の話も一切出てこない。
スバルは北米のユーザーの中から1万人を超えるアンバサダーを選定し、彼らの活動をサポートする。彼らの活動は「LOVE」で結ばれたあらゆることである。その多くはボランティアによる社会貢献活動で、自然保護であったり、子どもの病気へのサポートであったり、とにかく世の中を良くしていきたい善意の発露だ。実質的な見返りは雀(すずめ)の涙程度のクーポン券があるのみで実質ゼロ。
少し意地悪な言い方をすれば、「善意と正義」が大好きなアメリカ人の気質を、スバルは後押ししているだけだ。そのくせ毎月活動レポートを上げないと、アンバサダーの資格は剥奪(はくだつ)されてしまう。かなり理不尽な感じだが、そこに「おもねらない」スタンスがあることがアメリカ人の気持ちを打った。アンバサダーが個人でやり切れないことを、時にスバルはサポートする場合もあるが、原則的には個人の活動である。
こういう時代だから、アンバサダーは自身の活動のために当然SNSなどを通じて、ネットワークを広げていく。その過程で、時にスバルに関するさまざまな相談も自然に受けて、ここが大切なのだが「アンバサダーたちはあくまでも自分の見解でそれに答えていく」。彼らはあくまでもスバルユーザーの先輩であり、スバルの中の人ではない。ただ、スバルが自分の社会貢献活動を後押ししてくれることに感謝して、スバルというブランドを愛している。日本のスバリストとちょっと似ている部分もあり、全然違う部分もある。
つまりLOVEキャンペーンは、スバルの魅力をスバル自身が何も訴求しないこと。そこにLOVEがあればスバルはそれでいいとするスタンスが受けた。それは明らかに新しいやり方だったし、非常に興味深い。しかしながら、だからスバルが自身の戦略を語らないでいいのだということにはならない。それはそれ、これはこれである。
北米ビジネスの成功について、何の戦略があり、何をしようとしているのか、それを知りたい。ただそれだけのことを言う筆者と、スバルの議論はかみ合わない。そして舞台を日本に移して、この取材は続く。
<明日掲載のその2に続く>
関連記事
- スバルが生まれ変わるために その2
北米での取材の途中、いくら議論しても結論は出なかった。そこで帰国後、スバル本社でもう一度取材を行う。しかし、本社に出向いても、結局のところスバル側に投げてあった「戦略があるかないか、あるなら具体的な戦略を教えて欲しい」という質問には明確な回答はなかった。スバルは変わらなくてはならないことをすでに十分分かっているはずだ。しかしながらその変革を実現していく組織改造が、まだ始まっていないのだと思う。 - スバルよ変われ
スバルが相次いで不祥事を引き起こす原因は一体何なのか? スバルのためにも、スバルの何が問題なのかきちんと書くべきだろうと思う。 - 続・スバルよ変われ(前編)――STI社長インタビュー
スバルの問題点を指摘した記事『スバルよ変われ』。そこで書いた「安全と愉しさ」だけでもなく、スバルの中期経営計画(中経)についても疑義があった。それは手の内を何も明かさない中経に何の意味があるかという疑問だ。スバルはもっと情報を開示し、スバルとはどういう価値を生み出す会社なのか。 - 続・スバルよ変われ(後編)――2040年のクルマ
前編の「安心と愉しさ」を実現するための、スバルの新たな3つの軸と、未来のスバルへの情報開示をどうしていくのかという話に続き、2030年、40年のスバルはどうなるか。STI社長兼スバル技監である平川良夫氏へのインタビューから。 - なぜSUBARUは米国で伸びたのか マーケティング戦略の“真意”
SUBARU(スバル)が米国で着実に成長している。販売台数は10年間で約3.5倍に。好調の背景に何があるのか。そのマーケティング戦略について、現地で探った。 - 雪上試乗会で考えるスバルの未来
スバルは、青森市内から八甲田山、十和田湖を経由して安比高原までのコースを走るアドベンチャー試乗会を開催した。日本屈指の過酷な積雪ルートでスバル自慢のAWDを検証してくれというわけだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.