90年前にMaaSの思想があった! 富山に根付く「どこからでも市街地へ」の精神:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/6 ページ)
2020年3月、富山市内の2つの路面電車が接続し、相互直通運転を開始する。さらに2社が合併することで、運賃は実質値下げとなる。この“英断”から富山の公共交通の歴史を探ると、90年前に生まれた「一県一市街化」構想が、現代の「MaaS」に通じることが分かる。
大胆な「運賃値下げ」に踏み切った“英断”
しかし、いままで420円だったからこれからも420円、とすれば、富山地方鉄道の収入は安定するし、線路使用料として富山市に支払う金額に反映できる。利用者としても「便利になって料金据え置き」だ。十分におトクじゃないか。あるいは、せめて多少の割引くらいにとどめてもいい。これまでの検討資料の中でも「双方を乗り継ぐ場合は、乗り継ぎ先の運賃を50円割り引く」という案があった。これは会社合併まで踏み込んでいない時期の議論で、東京メトロと都営地下鉄の乗り継ぎ割引のような制度だ。
ところがその後、富山地方鉄道と富山ライトレールの合併まで話が進んだ。10月1日に開催された「路面電車南北接続に関する共同記者会見」で、国に申請する運賃について「全線210円均一」と発表された。富山地方鉄道の英断とのことで、富山市長から「大変ありがたいと受け止めています。(中略)こちらの思いをご配慮いただいたと素直に思っております」と感謝が述べられた。
富山地方鉄道は電車の運行本数を増やして、利用者数の増加による増収を目指す。富山地方鉄道社長は「100年に一度の接続だ」と評し、全線均一料金実施の決意が語られた。
ちなみに定期券は7950円となり、富山地方鉄道の定期券8280円から330円の値下げ。富山ライトレールの定期券7440円からは510円の値上げとなる。値上げといっても、今後は利用可能区間が大幅に増える。510円アップで富山駅南側区間も乗り放題ならおトクだし、従来、2つの定期券を買っていた人からすれば1万5720円が7950円になる。
富山地方鉄道には線路使用料の負担が増える。車両も増備する。しかし値下げだ。利用者としては歓迎だし、批判的な意見はほぼなさそうである。
それにしても、なぜ、富山地方鉄道は思い切った運賃を決定し、それを富山市と市民が支持できるか。そこには、90年前から富山県で受け継がれてきた「一県一市街化」の思想がある。
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