90年前にMaaSの思想があった! 富山に根付く「どこからでも市街地へ」の精神:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/6 ページ)
2020年3月、富山市内の2つの路面電車が接続し、相互直通運転を開始する。さらに2社が合併することで、運賃は実質値下げとなる。この“英断”から富山の公共交通の歴史を探ると、90年前に生まれた「一県一市街化」構想が、現代の「MaaS」に通じることが分かる。
昭和5年のMaaS? 「県内どこからでも1時間で中心へ」構想
「県内どこからでも1時間で中心へ」という「一県一市街化」構想の提唱者は、富山地方鉄道創業者の佐伯宗義だ。出身は立山のふもと、芦峅寺。江戸時代は立山信仰で栄えたという。しかし明治の神仏分離令で町は寂れた。山里に生まれ、そこで暮らす人たちは、その立地のために貧しい。電車とバスを整備すれば、誰もが町に働きに行けるし、学校や病院にも通える。
佐伯自身は比較的裕福だったようだ。生家は鉱山経営や材木商を営み、佐伯も父を手伝って上京する。才覚が開花し、30歳のときに福島県の信達鉄道(現・福島交通)を再建させた。そして1927(昭和2)年、33歳で富山に戻った佐伯は、建設中に破綻した越中鉄道の重役として再建に着手する。しかし地元の政治家が社長に就くと袂を分かち、かねてより温めていた「一県一市街化」を実現するため、1930(昭和5)年に「富山電気鉄道」を設立する。この会社が後の富山地方鉄道となっていく。
富山県は4つの大きな川に分断されており、山里から富山市へ直線的に出られず、迂回(うかい)を強いられている。そして当時の富山県は、官営鉄道の北陸本線と飛越線(後の高山本線)の他に8つの民間鉄道があり、それぞれ地元の実力者が握っていた。佐伯は街頭で「一県一市街化」を唱え、誇大な構想と揶揄(やゆ)されながらも、富山電気鉄道として電鉄富山〜電鉄黒部間(本線)、寺田〜岩峅寺間(立山線)を開通させた。
その一方で、立山鉄道(立山線と統合)、富南鉄道(後の不二越線)、富岩鉄道(後に鉄道省、国鉄、JRを経て富山ライトレール)の3社を合併した。余談だが、富山ライトレールは元富山地方鉄道の路線であり、国有化から77年ぶりに富山地方鉄道に復縁するとも言える。
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