90年前にMaaSの思想があった! 富山に根付く「どこからでも市街地へ」の精神:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/6 ページ)
2020年3月、富山市内の2つの路面電車が接続し、相互直通運転を開始する。さらに2社が合併することで、運賃は実質値下げとなる。この“英断”から富山の公共交通の歴史を探ると、90年前に生まれた「一県一市街化」構想が、現代の「MaaS」に通じることが分かる。
「鉄軌道王国・富山」の疑問が解ける
富山県は伝統的に鉄道を大事にする自治体という印象がある。来年の路面電車南北接続と活性化の取り組みもその1つだ。しかし、合併される富山ライトレールも、地方鉄道再生のモデルケースとして注目を浴びた路線だ。
富山ライトレールの歴史は富岩鉄道から富山電気鉄道(現在の富山地方鉄道)に買収された「富山港線」にある。富山港線は戦前に鉄道省に買収され、戦後は国鉄富山港線として残された。沿線の工場や富山駅中心部への通勤通学路線だったものの、運行本数は1〜2時間に1本というローカル線だった。
北陸新幹線の着工が決まり、合わせて富山駅の高架化が検討されると、富山港線の処遇が問題となった。富山港線を高架駅に乗り入れるべきか。JR西日本は「高架駅乗り入れはしないでLRT化し、将来は富山地方鉄道の路面電車と接続する」「廃止してバス転換する」などの検討を始めた。
そこで富山市はLRT化を選択。第三セクターの富山ライトレールを設立した。LRV(低床電車)を導入し、富山駅側は路面軌道へ線路を付け替えた。運行間隔を日中も15分ごとと大幅に増やし、拠点駅からフィーダーバスを運行した。電車で往復すれば飲みに行けると、通勤通学以外の利用も増えた。その結果、利用者は増加、マイカー利用は減って渋滞も和らいだという。一時期、LRTの導入を検討する自治体がこぞって見学に訪れた。
興味深いことに、隣の石川県は戦後になって北陸鉄道の廃止が進んだ。それとは対照的に富山県では路面電車を残し、富山港線を存続させ、南北の路面電車を合併して接続させる。これは公共交通に対する文化、思想の違いが現れているのではないか。そう思いをはせるとき、佐伯宗義の「一県一市街化」構想にたどり着く。佐伯宗義の没後38年。今もなお、富山には「一県一市街化」の思想が残っている。
富山地方鉄道と富山ライトレールの合併は2020年2月22日。この日は、「一県一市街化」を目指した佐伯宗義が富山電気軌道を設立した1930年2月11日からちょうど90年……と11日後だ。おっと惜しいな。2社合併だから2の並ぶ日が選ばれたか。
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