“お上”の指示でやっと広がる時差通勤と、過重労働を招くフレックスタイム――ニッポン社会の限界:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
新型コロナウイルス感染拡大の不安が高まる中、テレワークや時差通勤を促進する行政機関や企業が増えてきた。通勤ラッシュのストレスを軽減する動きは広がってほしいが、日本人には「フレックスタイム」よりも「時差通勤」が必要ではないか。なぜなら……
フレックスタイムには“働きすぎる”危険性も
そして、今回の「時差通勤」の広がりで忘れてはいけないのは、「フレックスタイム」と「時差通勤」は別物であり、日本に必要なのは「時差通勤」だという共通認識です。
時差通勤では、「始業時間」は会社のルールに従うため、「終業時間」も管理されます。
例えば、1日の実働時間が8時間(休憩1時間)と決められている場合、8時〜17時、9時〜18時、10時〜19時などのいくつかの勤務時間が用意されていて、その中から自分の都合に合うものを選びます。どれを選んだとしても勤務時間の総量に変わりはありません。
一方、フレックスタイムでは、年・月・週あたりの勤務時間のみが決められています。その時間分きちんと勤務していれば、あとのスケジュールの組み方は自由です。ただし企業によっては「コアタイム」、つまり絶対に出社しておかなければならない時間が決まっている場合もあります。例えば、11時〜15時がコアタイムの場合、この時間は必ず会社にいなければならず、それ以外の時間は自由に決めてもOK、というイメージです。どちらの場合も、働く人が働く時間を決めるので、自分で「労働時間」を管理するようになります。
この“自分で管理”というのが、実際には極めて難しい。ええ、結構難しいのです。私もフリーランスで全て自己管理でやってるので、「ひとりブラック状態」になり、「コラムで書いてることが、自分の働き方に全然生かされてないじゃん!」と、“脳内のライオン”が叫んでいることが度々ある。
前述した通り、欧州では通勤時間がもたらす負の影響のエビデンスが蓄積されたことで、多くの企業がフレックスタイムを導入し、裁量労働制(労働時間を自分で決める働き方)も増えてきました。ところが、フレックスタイムで働くようになると、自ら時間外労働をする人が増えたことが分かりました。ここでも調査研究が蓄積されていて、次のようなメカニズムが明かされているのです。
働く人が自由に働く時間を任されるようになるとやる気が出る→仕事が面白くなる→もっと成果を出したいと望むようになる→競争意識が高まる→時間外労働が増える
また、フレックスタイムに在宅勤務が加わると、仕事とプライベートの境界がぼやけ、四六時中仕事に精を出す傾向が高まることも分かりました。
なんとも困ったメカニズムですが、こういった結果を踏まえると、“長時間労働王国”日本では、フレックスタイムではなく時差通勤を徹底させる必要がありそうです。というか、結局「フレックス」も会社に管理され、不自由なフレックスという意味不明に陥るに決まっているのです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)。2019年5月、新刊『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)発売。
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