副業の優等生、JR九州が放置した「傾斜マンション」の罪:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/6 ページ)
JR九州が1995年に販売したマンションで杭工事の不具合があったと発表した。20年以上の間、住民からの訴えを否定し続けてきたのが実態だ。住民はJR九州のブランドを信頼して購入しただろう。真摯に対応するきっかけはこれまでにもたくさんあったはずだ。
マンションも鉄道も監督官庁は国土交通省
さて、ここまではマンション問題だ。JR九州の副業のやらかしにすぎない。しかし、JR九州がこの事態を知りつつ、25年も謝罪に応じなかったことは罪深い。なぜなら、JR九州はその後、自社ブランドマンション「MJR」シリーズで大成功を収め、これらの実績を踏まえて、2016年に東証一部に上場して完全民営化を果たしている。欠陥マンションを放置しながら。
国土交通省はJR九州の完全民営化に着手し、15年に「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」を改正してJR九州を対象から除外した。JR九州の完全民営化は国のプロジェクトだ。副業による経営安定化を評価して完全民営化を良しとした。しかしその副業で、ベルヴィ香椎六番館の問題は考慮されていなかったか。考慮されたとしても差し支えないと判断したか、あるいは知らなかったか。
国交省がJR九州の副業で問題を抱えていることを知らなかったでは済まない。なぜなら、マンション建設に関連する企業の監督官庁もまた国交省だからである。1995年当時の建設事業の管轄は建設省で、鉄道は運輸省だった。だからといって、2016年に「組織が縦割りだったから」という言い訳はきかない。むしろ、一体となった国交省だからこそ、JR九州を総合的に評価できたはずではないか。
ちなみに、国交省は05年に民間確認検査機関イーホームズと一級建築士の構造計算書偽造問題を公表した。いわゆる「姉歯事件」は国中が騒乱した。国会で証人喚問まで行われている。このさなか、ベルヴィ香椎問題は発生から10年も経過したまま放置されている。
マンション問題といえば、07年に完成した「パークシティLaLa横浜」も15年に建物の傾き問題が明るみに出た。虚偽データに基づいた工事が行われ、複数の杭が強固な地盤に届いていなかった。国交省は同年10月に「基礎ぐい工事問題に関する対策委員会」を設置し、有識者会議の中間とりまとめ報告書をとりまとめた。ベルヴィ香椎六番館も傾いていたわけだが。
パークシティLaLa横浜は16年に全戸建て替えが決定した。解体・建て替え工事費用は約300億円、住民に対する待機住戸などの補償で約100億円、合計400億円で住民と合意し、20年に完成予定だ。ただし、18年に事業主が施工会社3社を相手取り、総額459億円の訴訟を起こしている。
これを知ったベルヴィ香椎の住民たちはどんな思いだっただろうか。JR九州、福岡商事、若築建設、九鉄工業の関係者もこの事件はご存じだろう。なぜ知らぬ振りができたのか。
もう一つ、東京証券取引所の審査も気になる。上場検査基準はとても厳しい。日本取引所グループで公開されている「上場審査の内容」には、事業の健全性もある。個々の商取引について問う事項はないとはいえ、ベルヴィ香椎六番館は「事業の健全性」を問われる。この問題を解決し、不動産事業の健全性を盤石にすべきだった。
関連記事
- こじれる長崎新幹線、実は佐賀県の“言い分”が正しい
佐賀県は新幹線の整備を求めていない。佐賀県知事の発言は衝撃的だった。費用対効果、事業費負担の問題がクローズアップされてきたが、これまでの経緯を振り返ると、佐賀県の主張にもうなずける。協議をやり直し、合意の上で新幹線を建設してほしい。 - JR九州が発表した「全路線の通信簿」から見えること
JR九州が2016年度の路線・区間別の平均通過人員を発表した。いわば路線の通信簿だ。JR九州発足時のデータも併せて比較できるようにしている。JR九州の意図は廃線論議ではなく「現状を知ってほしい」だろう。この数値から読み取れる現状とは何か。 - 新幹線札幌駅、こじれた本当の理由は「副業」の売り上げ
JR北海道は、当初の予定だった現駅案を頑固に否定し続けた。主な理由は「在来線の運行に支障が出る」「プラットホームの広さを確保したい」としてきた。しかし、真の理由は他にある。「エキナカ、エキシタショップの売り上げが減る」だ。JR北海道の10年間の副業を守るために、新幹線駅は未来永劫、不便な駅になろうとしている。 - 着工できないリニア 建設許可を出さない静岡県の「正義」
リニア中央新幹線の2027年開業を目指し、JR東海は建設工事を進めている。しかし、静岡県が「待った」をかけた形になっている。これまでの経緯や静岡県の意見書を見ると、リニアに反対しているわけではない。経済問題ではなく「環境問題」だ。 - 「電車通勤」の歴史と未来 ITとテレワークで“呪縛”は解けるか
新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが広がった。外出自粛から解放されたときにはどうなるか。それは「電車通勤」の在り方に関わる。長時間の満員電車が当たり前というのは“呪縛”だ。電車通勤が根付いた歴史を振り返ってみると……
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.