リモートワーク普及で迫りくる「通勤定期券」が終わる日:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/5 ページ)
大手企業などがテレワークの本格導入を進める中で、通勤定期代の支給をやめる動きも目立つ。鉄道会社にとっては、通勤定期の割引率引き下げや廃止すら視野に入ってくる。通勤に伴う鉄道需要縮小は以前から予想されていた。通勤しない時代への準備はもう始まっている。
運賃値上げよりも「定期券値上げ」が容易な理由
鉄道運賃の値上げが難しい理由は、国の認可が必要だからだ。しかも「同業他社の原価」に基づいた「標準コスト」を定め、「適正な利潤」に留めないと認められない。これをヤードスティック方式という。なぜこのような面倒な仕組みかというと、鉄道事業者が「言い値で原価を申告して値上げする」という行為を防ぐためだ。鉄道事業は独占形態であるため、競争原理が働かない。競争による値下げが起きず値上げしやすい。その歯止めだ。
ただし、認可された運賃の範囲内で「割引」は容易だ。運賃改定の認可では「上限運賃」という言葉を使う。つまり「認可された上限以下の運賃で営業せよ」だ。だから鉄道事業者は誘客施策のための運賃割引は自由にできる。回数券も、定期券も、学生割引も、フリーきっぷも、運賃を安くする分にはおとがめナシだ。そのかわり「割引をやめます」もおとがめナシである。
定期券は「定期割引乗車券」だから、割引率を下げると実質的に「定期券の値上げ」となる。時間帯によって割引率の異なる定期券を販売する施策は可能だ。昔の紙の定期券では難しかったけれども、IC乗車券と自動改札機によって設定できる。
定期券が値上げされると、週に4日勤務の人などは回数券のほうが安くなる場合もある。筆者も会社員時代は回数券を使っていた。週休2日だった上に、営業職だから客先へ直行直帰も多かったからだ。定期券が全ての会社員に適用できるとは限らない。そういう事例は以前からあって、今後はもっと増えるだろう。
正直なところ、鉄道事業者は定期券を値上げしたいはずだ。商売としては「たくさん乗ってくれるから割引」というボリュームディスカウントの考え方だけど、あまりにも利用者が多く、定期券利用者のための設備投資額も大きい。線路を増やしたり、電車を増やしたり、駅を拡張する必要もある。通勤定期券は「割り引いた客のために費用がかさむ」という、矛盾をはらんだ割引制度になっている。
それでも割引率の改定に消極的だった理由は、経済界からの反発があるからだろう。通勤定期代の小さな値上げも総額にすれば企業側の負担となる。大手私鉄の場合は企業の交友関係、資本グルーブに配慮する必要がある。しかし、大手企業が通勤そのものを見直すとしたらどうか。遠慮なく定期券を値上げできる。いや、定期券廃止の道すら開かれるかもしれない。
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