働き手を守るはずが、「給料安すぎ問題」を助長する皮肉 過度な正社員保護は、本当に必要なのか?:働き方の「今」を知る(1/3 ページ)
デービッド・アトキンソン氏の記事によって話題になった「日本人の給料安すぎ問題」。氏は原因を「モノプソニー」でひもといたが、給料が安すぎる原因は他にもさまざまある。後編の今回では、正社員保護が逆に給料安すぎ問題の原因となってしまうことを解説する。
小西美術工藝社社長で、日本の観光・経済政策にまつわる提言を数多く行っているデービッド・アトキンソン氏の一連の記事の影響により、「日本人の給料安すぎ問題」が話題になった。一方で私はまた、日本において長年給料が上がらない原因は他にも多くの要素が複雑に絡み合っているものと考えている。私自身、給料が低く抑えられ、従業員が使いつぶされるようなブラック企業に勤め、かつ長きにわたって「立場の弱い労働者」側から労働市場との関わりを持ってきたため、個人的に思い当たる要素が複数あるのだ。
前回記事では、アトキンソン氏が挙げたもの以外に高過ぎる社会保障費や、日本企業が従業員より株主の方を向いて、得た利益を使っていることなどを挙げた。後編となる今回では、正社員を保護するための自主規制が、逆に給料を安く抑えてしまっていることを紹介していく。
【前回記事】モノプソニーだけじゃない 「日本人の給料安すぎ問題」に潜むこれだけの原因
一度給与を上げたら下げにくいという問題
「終身雇用」と「年功序列」は日本における特徴的な雇用慣行として挙げられるが、これらはいずれも法律で規定されたものではない。1960〜70年代の高度経済成長期における労働力不足を背景に、特に大企業における労働力の囲い込み手段として長期雇用の慣習が一般化したものだ。またそのころから解雇や賃下げを禁じる判例が積み重なり、労働力を調整する必要がある際は、賃下げや解雇をしない代わりに、企業グループ内で転勤・出向・異動などを行うことが不文律となっていった、という経緯がある。従って、現在は解雇も賃下げも、実行することは極めて困難な状況にあるのだ。
本来、不況時や業績が芳しくない従業員の給与を下げることは企業の人事権として当然のことであるはずだ。しかし日本においては「年功序列で給与が上がっていく」という前提で雇用され、賞与や社会保険料、退職金等は基本給をベースに決まるため、賃下げに対して労働者や組合は猛反発する。また労基法でも賃下げは「不利益変更」扱いとなるため、よほど根回しをしっかりと行い、丁寧に説明しないことには簡単に給料を下げられないのだ。
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