コロナで余儀なくされたオンライン化 東京五輪開会式のプランナーが仕掛ける“障がい者サーカスカンパニー”:「近づけない、集めない」 時代を生き抜く、企業の知恵:(2/2 ページ)
コロナ禍の逆境をオンラインでつながることによって乗り越え、場所を問わずに参加でき、従来よりも多くの観客にイベントを見てもらえるなど新たなビジネスの可能性を見いだそうとしているサーカスカンパニーがある。東京五輪開会式のプランナーを務める栗栖良依氏などに狙いを聞いた。
シルク・ドゥ・ソレイユがサポート
「SLOW CIRCUS PROJECT」は、17年からシルク・ドゥ・ソレイユのサポートを受け、多分野の専門家と共にプログラムを開発している。障害のある人がガイド役になってサーカスを体験するプログラムは、コミュニケーションを通して多様性を体感できることから、中学校や障害者福祉施設だけでなく、企業からも注目を集めている。実際に協賛企業の健康食品メーカー、サン・クロレラ(京都市)とは協働してプロジェクトを進めた。その他、協賛企業などに対して個別にプログラムを提供している。
「SLOW CIRCUS PROJECT」のクリエイティブプロデューサーを務めているのは、東京2020オリンピック・パラリンピックの開会式・閉会式の総合プランニングチームのメンバーでもある栗栖良依氏。「SLOW CIRCUS PROJECT」の運営や、「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020」を企画しているNPO法人スローレーベルの理事長でもある。同氏は10年に骨肉腫によって右下肢機能全廃を経験したことで障害者福祉の世界と出会い、リオパラリンピック閉会式のステージアドバイザーを務めるなど、国内外のさまざまなイベントをプロデュースしてきた。
ソーシャルサーカスを立ち上げたのは、「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」の企画でワークショップを開催したことがきっかけだった。当初は活動を知られていなかったこともあり、障害のある人が集まらなかったと栗栖氏は話す。
「2014年は障害のあるパフォーマーを集めるのに苦労しながら、金井さんと障害者施設にプログラムを届けにいくなどして開拓しました。徐々に仲間が増えて、ついに昨年カンパニーとして立ち上げることができました。
障害のある人が集まらないという経験を踏まえ、物理的・心理的なバリアを取り除き、誰でも参加できるパフォーマンスを実現するため、障害のある人と一緒に創作をする『伴奏者』という意味のアカンパニストや、環境を整えるアクセスコーディネーターを育成しています。今回のヨコハマ・パラトリエンナーレでサーカスをお披露目できるはずだったのですが、映像作品になってしまいました。けれども、逆に映像だから時空を超えて、カナダやチリやイタリアのアーティストととも共演できたと思っています」
病院で過ごしている人や、移動できない人も参加
「MEG-メグの世界-」をプログラムの1つにしている「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020」は、他にもネット番組「パラトリテレビ」や、本と写真、映像、音楽などを組み合わせたアートコンテンツの「BOOK PROJECT」、障害福祉について考えるオンラインゼミ「パラトリラボ」などを展開。プログラムや展示の制作などに関わった人は、コア会期開幕時点で750人にも及ぶ。
しかし、開催時期と新型コロナの感染拡大が重なった。イベントが始まった11月20日に、21日と22日に予定していた公開イベントの観覧を急きょ中止せざるを得なくなった。それでもプログラムは全てオンラインで公開していたことから、リアルイベントの観覧を除けば予定通り開催されている。
オンラインが中心になったことで、思わぬ成果もあったという。これまでの「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」では、展示作品づくりやイベントも会場に集まって行っていた。会場に来なければ、基本的にはイベントに参加できなかったのだ。
それが全てのプログラムをオンライン化したことで、病院で過ごしている人や、移動に困難を抱えた人たちがプログラムに参加できるようになった。コロナ禍でのオンライン化が、障害の有無を超えて、より多くの多様性のある人たちをつないだといえる。それは栗栖氏が目指していた世界観でもあった。
「オンライン化することで、障害があるとかないとかといった(バックグラウンドに)関係ない世界がつくれたと思います。14年に立ち上げたときに、『20年に障害者という言葉がなくなる社会を目指す』という目標を掲げていたので、そういう意味では、テクノロジーの力によって障害者という言葉がない世界観をつくれたのではないでしょうか」
「SLOW CIRCUS PROJECT」も含めたプログラムは、イベントのためだけに取り組んでいるのではない。栗栖氏はソーシャルサーカスなどで得たノウハウを、今後は社会実装していく考えだ。
「これまで生み出してきたソーシャルサーカスのプログラムや、アカンパニストなどを、いかに社会の中で根付かせていくかという次のフェーズに来年以降は入っていきます。教育、医療、福祉などのリアルな現場に、私たちのプログラムを走らせていく形で続けていければと思っています」
著者プロフィール
田中圭太郎(たなか けいたろう)
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。「スポーツ報知大相撲ジャーナル」で相撲記事も担当。Webサイトはhttp://tanakakeitaro.link/。著書に『パラリンピックと日本 知られざる60年史』(集英社)
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