ようやく日本でも「電子化」が進む? アドビの好調な数字が示す、コロナの前と後:本田雅一の時事想々(2/2 ページ)
アドビによると、コロナ禍でPDF文書を読むためのアプリの月間アクティブユーザー数が急増。電子文書に触れる機会が増えたようだが、元に戻れない心地よさを提供できなければ、紙へと逆戻りすると筆者は指摘する。
少し前の話になるが、キヤノンは10月26日、20年12月期(20年1月〜12月)の連結業績予想を引き上げると発表した。新型コロナウイルスの影響で売り上げが落ちていたが、同社の想定を上回る速度で、回復が進んでいるという。本当にそのまま回復基調に向かうなら喜ばしいことだが、アドビが出した数字は“逆方向”を向いている。
キヤノンの自己診断によると、在宅ワークの増加で個人向けインクジェットプリンタの売り上げが増加していることに加え、オフィスに人が戻りつつあることでオフィス向け複合機、プリンタなどの印刷需要が復活してきているという。
キヤノンは売上の半分近く(47%、19年12月期)を複合機やレーザープリンタなどオフィス向け機器の売上から得ている。カメラやスキャナー、インクジェットプリンタといったイメージング機器の売り上げがこれに続くが、その比率は23%とグッと低い。
こうした“印刷ボリューム”に強く依存した事業ポートフォリオは、キヤノンの強みにもなっていた。進まないペーパーレス化は、プリンタ・複合機業界を勝ち抜いてきたキヤノンのドル箱で、常に安定した収益源だった。
同社はオフィスに人が戻れば紙需要は復活するというストーリーで、今後の業績回復を示唆しているが、電子文書に触れる機会が増え、在宅ワークのコツをつかみ始めた人たちが、コロナ禍が過ぎたあとに「元には戻る」のか。
キヤノンが業績回復に自信を見せるのは、紙の文書で仕事をすることの心地よさ、楽さもあるのかもしれない。繰り返しになるが、単に紙を電子文書に置き換えるだけでは、ハンドリングの良さは得られても、閲覧性やワークフロー上の分かりやすさなどまでは見通しにくい。
「電子文書、やっぱり不便だよ」となれば、紙のワークフローへと舞い戻るオフィスワーカーもいることだろう。
サービス、アプリケーションの中に溶け込めば……
電子文書に触れる機会が増えても、紙の方がずっと便利と感じる環境では、一向に電子政府など望めないのは当たり前だ。いまさら何をいわんやだが、冒頭で話したようにわが国の行政機関が、カーボンコピーが必要な(あるいは同じ内容を繰り返し3回書く必要がある)書式をWebページからダウンロードさせているのも事実だ。
アドビのブライアン・ラムキン氏(アドビデジタルメディア事業部門担当エグゼクティブバイスプレジデント兼ゼネラルマネジャー)は、クラウド化が鍵だと話す。「単なるツールだけではなく、“Document Cloud”として統合的なサービスを提供し、PDF中心にドキュメント作業を進められる。プリンタはもちろんだが、パソコンさえ必須ではなく、モバイル向けアプリで共有、編集、提供という環境を提供し、署名も電子的に行える」
アドビのサービスを使うかどうかは、それぞれの判断として、文書作成、共有、共同編集などをクラウドとスマートフォンの普及で、誰もがオンライン上で行える環境にあることは間違いない。
問題は電子文書らしい利便性と、紙を踏襲した無駄なワークフローのルールを撤廃できるかどうか。やはり鍵となるのは菅政権のデジタル庁構想だろうが、その中で注目したいのが、河野行政改革・規制改革大臣の印鑑廃止に対する熱量の高さだ。
ペーパーレス、さらにハンコの禁止(=デジタル署名化)という流れが進まなかったのは、取引先も含めた導入が並行して進まなかったことだ。もっといえば、大企業がペーパーレス化しなければ、取引先は相手に合わさざるを得ない。
行政サービスだけではなく、省庁の仕事を全て電子化するよう号令をかけるということは、政府と取引のある企業にもデジタル化の流れは伝播(でんぱ)する。そうなれば、いよいよ時代は変化するだろう。
来年こそはカーボン紙を使わない1年となって欲しいものだ。
(本田雅一)
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