“高齢”免許を定年制にすべきか? マツダ福祉車両から見るミライ:高根英幸 「クルマのミライ」(4/4 ページ)
裁判の進捗状況に怒りを覚えた方も少なくないのではないか。「上級国民」という流行語を生んだ、池袋暴走事故を起こした旧通産省工業技術院の元院長飯塚幸三被告(89)の態度である。在宅での起訴となり、供述ではペダルの踏み間違いを認めていたにもかかわらず、裁判に入るや供述を覆し、クルマの故障を訴えだしたのだから、国民の感情を逆なでしたことは間違いない。
超小型モビリティや、福祉車両の積極活用も
昨秋、ようやく法整備が整った超小型モビリティ。これを高齢ドライバー向けのクルマとして活用することも高齢ドライバー対策として効果が望める。軽自動車よりも小さいEVは、環境負荷を抑えるられるだけでなく、軽量で走行速度も遅いことにより、万が一の衝突事故の際、衝撃力が大きく軽減され事故の被害も抑えられる。
また操作系もよりシンプルで操作ミスを防ぐ仕組みを盛り込むことで、ペダル踏み間違いなどによる衝突事故などを防ぐこともできるだろう。
つい先日、さらに高齢ドライバーの未来につながるヒントに遭遇した。それはマツダが先頃発売した初のEV、MX-30のEVモデルに今秋追加される予定の福祉車両のことだ。これは下肢障害者が自分で運転することができるもので、マツダでは「Self-empowerment Driving Vehicle」(自分の能力で運転するクルマの意)と呼んでいる。
マツダがこの秋導入予定の「Self-empowerment Driving Vehicle」(自分の能力で運転するクルマの意)のコックピット。外観はMX-30そのもので、何ら変わりない。ステアリングのリムの内側にスポークを避けて配置されているアクセルリングを奥に押し込むことで、クルマが加速する。セレクターレバーとステアリングの間に見える塊がブレーキレバーで、押し込むことによりブレーキペダルを踏むのと同じ役割を果たす
従来の日本での手動運転装置は、ステアリングホイールに回転式のノブを装着し、右手でステアリング操作、左手でアクセルとブレーキの機能が合体したレバーを操作する方式がほとんどだった。これでも下肢障害者の方は運転することは可能だが、運転中は常に両手を使い続けなければならず、長時間の運転は疲労が大きい上に、細かい操作をするのは非常に難しく、移動のために運転をするという意味合いが大きい。
マツダが今回採用したのは、欧州で普及しているステラリングホイールの内側にアクセルリングを備えたもので、ブレーキは左手で押し込むレバーと、従来のブレーキペダルの両方が使えるようになっている。これにより両手だけ、あるいは片手片足でも運転できる。さらに始動方式で切り替えることにより従来のアクセルペダルも機能することが可能で、健常者も普通に運転できるようになっている。
EVモデルなので回生ブレーキの強度を強く調整することにより、ほとんどの加減速でブレーキを操作する機会を少なくすることも可能だ。これにより高速道路などでは、下肢障害者でも両手でステアリングを握ってクルマを操れるのは快適で楽しく、運転に喜びを見出してくれることだろう。
ブレーキは足、アクセルは手という選択もあることから、例えば脳疾患で半身不随になってしまったドライバーでも運転できる。そして障害はなくても、足の筋力や動かす機能に衰えを感じている高齢ドライバーにとっても、この操作方法は短期間で慣れることが可能で、操作ミスを防ぐ効果から安全性が高まる。
筆者も試しに運転させてもらったが、10分も運転すれば操作方法にすっかり慣れただけでなく、いかにスムーズに走り、曲がり、止まれるかという、クルマの動きを洗練させることに挑戦したくなった。それくらい操作が楽しく、上達することでよりクルマとの一体感を感じられるのだ。
福祉車両と聞くと、介護向けや身障者のためのクルマというイメージが強い。しかし運転操作ミスを防ぐ目的で高齢ドライバーが利用するだけでなく、誰もが運転を楽しみながら移動することができる乗り物が登場することで、高齢ドライバーが充実した環境で移動を楽しめるようになる日々が実現できることも不可能ではなくなってきたのだ。
筆者プロフィール:高根英幸
芝浦工業大学機械工学部卒。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、テスターとして公道やサーキットでの試乗、レース参戦を経験。現在は日経Automotive、モーターファンイラストレーテッド、クラシックミニマガジンなど自動車雑誌のほか、Web媒体ではベストカーWeb、日経X TECH、ITmediaビジネスオンライン、ビジネス+IT、MONOist、Responseなどに寄稿中。近著に「ロードバイクの素材と構造の進化(グランプリ出版刊)、「エコカー技術の最前線」(SBクリエイティブ社刊)、「メカニズム基礎講座パワートレーン編」(日経BP社刊)などがある。企業向けやシニア向けのドライバー研修事業を行う「ショーファーデプト」でチーフインストラクターも務める。
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