日本人は、自らブラックな労働環境を望んでいるといえなくもないワケ:働き方の「今」を知る(4/6 ページ)
長く続くコロナ禍。解雇などのニュースを目にすることも多いが、国際的に見ると日本は比較的低めに推移している。ただ、その代わりに失っているものも少なくないと筆者は指摘する。
「なぜ長時間労働を強いるのか」に対する結論は、前述の法律と判例で縛られているため、仕事が減っても簡単に従業員をクビにできず、労働力の需給を「人数」ではなく「業務量」で調整しようとするからだ。すなわち、仕事が増えた際は「人を増やして対応する」のではなく、「1人当たりの業務量を増やして残業でカバーする」というソリューションを選択せざるを得ないことになる。そうすればその後仕事が減っても、余剰人員のクビを切らずに済むからである。
転勤・転籍・出向を強いられるのも同様の理由だ。仕事が増えた部署や地域で都度採用していては、その後、仕事が減った場合に簡単に人を減らせない。人が余っている部署から足りない部署へ余剰人員を回すことで、組織内で仕事と人員をやりくりしてクビ切りを回避するわけだ。
責任が重い割に低賃金である理由も根幹は同じといえる。わが国では解雇はもちろん、一度上げてしまった賃金の引き下げにも高いハードルが課されている。「仕事がないから解雇」「仕事の成果が上がらないから大幅減給」といった対応ができず、かつ終身雇用が要求されている以上、企業側としては「賃金水準を極力低めに設定して、何があっても雇い続けられるようにする」しかないのである。
正社員が簡単にクビにできないとなると、景気や業績の変動に伴うシワ寄せはどこに行くのか。それはもちろん、正社員よりクビにするのが容易な「非正規社員」である。本来、有期雇用の場合は雇用が不安定である反面、高いスキルを生かして高待遇を得ることができるという雇用形態であるはずだ。しかし、わが国の非正規雇用は、強力に雇用が守られる正社員の調整弁として、「低賃金かつ雇用も不安定」という、世界的にみて異常な立場に置かれているのである。
長時間労働、意に沿わない人事異動、低賃金、非正規雇用の待遇――日本の労働環境がブラックになってしまっている根本的な原因は、逆説的だがひとえに「正社員の雇用を守るため」なのだ。
新卒採用を絞るのは「未来のリストラ」
確かに、働く人の雇用が守られるのはありがたいことだ。しかし、その雇用維持のためのコストを自分たちの賃金を削って捻出しているわけで、果たして本当にハッピーといえるかどうかは微妙なところだろう。さらには、今般新卒採用を抑制したことで、20年後くらいになってようやく「中間管理職層が手薄だ」と危機感を抱く事態になりかねない。ダブついた中高年層に会社を去ってもらうことを「リストラ」と呼ぶのなら、本来迎えるべき若手の採用を抑制することは「未来のリストラ」といえるかもしれない。
採用抑制するまでもなく、少子化の影響によってそもそも若手の絶対数は減っている。一方で長期雇用の出口である「定年」はどんどん延びているのだ。その昔、定年退職の平均年齢が55歳という時代もあったが、筆者が物心つく頃の定年といえば「60歳」だった。それが2013年から希望者全員65歳までの雇用が義務化となり、本年4月からは70歳までの雇用確保が努力義務となっている。
1986年 「高年齢者雇用安定法」で60歳定年を努力義務化
1990年 定年後再雇用を努力義務化
1994年 60歳未満定年制を禁止(1998年施行)
2000年 65歳までの雇用確保措置を努力義務化
2004年 65歳までの雇用確保措置の段階的義務化(2006年施行)
2012年 希望者全員の65歳までの雇用を義務化(2013年施行)
2020年 70歳まで働く機会の確保を努力義務(2021年施行)
雇用維持期間が延びれば延びるほど、その間に発生するリスクを織り込まざるを得ないために賃金は下がってしまう。まさに雇用と引き換えの待遇ダウンだ。
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