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バブルの名残 温泉街の「大型施設」が廃墟化 鬼怒川と草津の違いと「大江戸温泉物語」の戦略どう立て直す?(2/6 ページ)

コロナ禍がもたらす温泉街への影響は甚大だが、「温泉の魅力」として考えさせられるのが“街づくり”という点だ。筆者は「施設そのもので集客できる強い宿は例外的で、温泉地の魅力自体が集客を左右する」と指摘する。

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鬼怒川温泉の廃墟そして集客する宿

 廃墟問題でいえば、ある種有名な温泉地が栃木県日光市の「鬼怒川温泉」である。渓谷美がご自慢の温泉地なだけに、川沿いの廃墟群はそのインパクトも相当。橋から望むとさらに迫力ある光景が広がる。


鬼怒川温泉の廃墟(以下、筆者撮影)

 廃墟となっているのは2000〜10年にかけて廃業した施設とされ、クローズ後10〜20年の年月を経ていることになる。鬼怒川温泉はバブル経済末期である1990年代初頭に集客のピークを迎え、国土交通省の資料によると、93年の宿泊客数は年間341万人を数えた。

 そうした環境下で団体客を争奪するため過剰な設備投資を進めた結果、廃業につながった施設など、その理由はさまざまである。年代から推測すると、やはりご当地のメインバンク的存在であった2003年の足利銀行破綻と重なる部分がある。

 同行については1999年から公的資金が投入され、2003年に債務超過へ陥ったが、観光事業への過剰融資も指摘されていた。


広々した鬼怒川温泉駅前

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