国内乗用車メーカー7社の決算(前編):池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)
例年ゴールデンウィークが明けると、国内自動車メーカーの通期決算発表会が相次ぐ。業界全体に対しての今年の総評を述べれば、コロナ禍の逆境にもかかわらず、各社奮戦し、期首に懸念されていたような危機に陥ることなく、日本企業の底力を見せつける結果になったと思う。ただし、1社だけ惨憺(さんたん)たる結果のところがある。
第一関門を突破した日産
日産は厳しい状況にあった。ゴーン時代の後半の流れをさかのぼって簡単に説明すると、日産が、ルノーアライアンスの中で、新たな役割を持たされたところに端を発する。簡単にいえば新興国を主戦場にするブランドへの転換である。
不振が続くルノーが欧州での立場を保とうとするならば、日産とのアライアンス内競合は避けたい。特に、シャシーでもエンジンでもEV領域でも、コアになるのは多くが日産の技術であった。そのため、それなりの数のモデルが、日産のスキンチェンジ版であるルノーは、ちょっと大げさにいうと、欧州マーケットからオリジナルの日産を退出させたかったのではないか。
とすれば、日産のターゲット層を下方にずらして、ルノーと競合させないようにしなければならない。そこで、日産が持つダットサンブランドを押し立て、新興国用のブランドとして低価格領域で戦わせる計画を立案したように見える。ルノーに対するダチアと同じ構図を日産とダットサンに持たせ、比率的にダットサンを拡大しようとした。
12年頃から、日産は日本向けの新型車のリリースをほとんど止め、その予算を主にASEANに振り向けて、ダットサンの工場投資を拡大した。犠牲になった日本のマーケットでは、新型車がほぼ登場しなくなったマーケットはどんどん苦戦を強いられていく。
競合他社に比べてデビュー年次の古いクルマで戦うためには、どうしても値引きが大きくなる。値引きは中古車相場をどんどん崩す。相場が崩れると、日産のロイヤリティユーザーの所有車、つまり顧客の資産が毀損(きそん)する。いざクルマを買い換えようとしたときに、下取りが低いため、購入するクルマのグレードが下がる。あるいは最悪のケースでは、買い換えを止めて所有車を乗り潰してしまう。そうなれば次の買い換えには頭金がない。
このネガティブスパイラルでは、値引きが値引きを呼ぶ資産価値の更なる崩壊を引き起こして、均衡すらない縮小を招いていくのだ。
しかも日産はこのやり方を、日本だけでなく北米にまで拡大した。新型を出さずに、それをカバーする値引きという流れは日産のブランド価値をどんどん下げて行った。
それほどまでのリスクと引き替えに注力したASEANが成功すればまだ救いがあったのだが、こちらも失敗。結果的に日産は得るものなく、ただひたすらブランド価値を下げてしまった。
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