トヨタTHSは、どうして普及しないのか そのシンプルで複雑な仕組みと欧州のプライド:高根英幸 「クルマのミライ」(4/5 ページ)
前回の記事「シリーズハイブリッド、LCAを考えると現時点でベストな選択」を読まれた方の中には、こんな疑問を持たれた方も多いのではないだろうか。「シリーズハイブリッドなんかより、シリーズパラレルで万能なトヨタのハイブリッドシステムを他社も利用すればいいのでは?」
トヨタTHSの複雑さへの対応に苦慮してきた例
トヨタ以外の自動車メーカーがTHSを採用したケースは、これまで2例しかない。それはマツダが現在のMAZDA3の先代モデルにあたるアクセラに設定したハイブリッドである。今から5年ほど前、発売当時の試乗会で、その開発を担当したエンジニアに話を聞く機会があった。
アクセラ・ハイブリッドに搭載されたエンジンは、2リットルのSKYACTIV-G。しかし、その最高出力は通常のアクセラ20の155ps(114kW)に対して、99ps(73kW)。これなら111ps(82kW)を発生する1.5リットルエンジンを搭載してもいいのでは、とエンジニアに尋ねたのだ。
すると返ってきたのは、このエンジンスペックは30プリウスの1.8リットルエンジンに特性を合わせた結果で、1.5リットルエンジンではそうした余裕がないということだった。つまり、アクセラ用にTHSを最適化して搭載したのではなく、吊るしのTHSにアクセラのエンジンを組み合わせたのである。
トヨタから技術供与を受け、サプライヤーからはTHSシステムのハード面を供給されたものの、その制御が複雑過ぎてハイブリッドシステムには変更を加えることができず、エンジン側を、すでに完成されたTHSに合わせるしか方法がなかったのだそうだ。
そうして作り上げられた最初の試作車は、「世界一遅いハイブリッド」と社内で呼ばれるほど、アクセルペダルに対する反応が鈍く、走らないクルマだったと聞いている。おそらくエンジンとモーターを使った全負荷での加速に、上手くエンジンの特性を合わせることができていなかったのだろう。しかしそこからエンジン側の制御や足回りなど、人間の感覚に沿わせるためにさまざまな改良を行い、まずますの内容に仕上がった。
特に息の長い加速をする時や、ハンドリングの素直さなど、当時の30プリウスにはなかった走りの魅力を備えたTHS搭載車に仕上がったのだ。これがトヨタにTNGAを創設させるきっかけとなり、現在の50プリウスのハンドリングの良さにつながっている、ともいわれている。
また、別の角度からもやはりTHSの制御の難しさを実感する話を聞いたことがある。これはアクセラ・ハイブリッドよりもっと前のことだ。
当時懇意にしていたレーシングドライバーがプリウスで耐久レースに出場することになり、プリウスのTHSの制御を耐久レース向きに仕様変更しようと、トヨタから制御に関する資料を送ってもらったそうだ。するとチームには段ボール1箱分の書類が届き、その複雑さからレースエンジニアはTHSについては手を付けることを諦めたそうだ。
さてTHS搭載市販車のもう1つの例は、スバルが北米向けのフォレスターに採用しているTHSを組み込んだ縦置きCVTだ。これはトヨタがレクサスやクラウンに採用している縦置き型THSとは異なり、横置き型のTHSの構造を利用しており、非常にユニークなものだ。こちらは専用開発されているからアクセラのような不自然さはない。しかしコストの関係から日本市場には投入されていないのは、やや残念である。
関連記事
- シリーズハイブリッド、LCAを考えると現時点でベストな選択
ハイブリッドの駆動方式は3種類に大別される。その中で、日本で主流にすべきはシリーズハイブリッドだと断言できる。トヨタのTHSは素晴らしいシステムだが、制御が複雑でノウハウの塊ともいえるだけに、トヨタ1社でスケールメリットがあるからビジネスモデルが成り立つ(といってもトヨタも利益を出すまでは相当な年月が掛かっているが)ものだからだ。 - オール電化やタワマンを見れば分かる EV一辺倒に傾くことの愚かさとリスク
クルマの電動化に関する議論が過熱している。しかしリアルな現実、そして近い将来の実現性について情報をキチンと分析した上で議論をすべき時だ。ここで考えるのはモーターやインバーター、バッテリーの性能の話ではない。そんなことより根本的な問題が待ち構えているのである。 - トヨタがいよいよEVと自動運転 ライバルたちを一気に抜き去るのか、それとも?
トヨタは最新の運転支援技術を採用した新機能「Advanced Drive」をレクサスLSとMIRAIに搭載。さらに、先日の上海モーターショーでは新しいEVを発表した。そして驚いたのは、トヨタが今さら水素エンジンにまで触手を伸ばしてきたことだ。 - ホンダの「世界初」にこだわる呪縛 自動運転レベル3に見る、日本の立ち位置
以前から予告されていた、レベル3の自動運転機能を搭載したホンダ・レジェンドが、いよいよ3月に発売となった。しかし発売を心待ちにしていた高級車好きにとっては、少々期待外れの内容だったかもしれない。というのもレベル3の自動運転が極めて限定的であり、なおかつ販売も極めて限定的だからだ。 - SKYACTIV-Xは見切り発車か確信犯か 最新のICTに熟成を委ねたマツダの強かさ
小改良されたSKYACTIV-X。この新世代のガソリンエンジンについては、まだまだ伝え切れていない情報が多い。誤解や曲解、勘違い、無知ゆえの受け売りによる間違った情報も、巷(ちまた)にあふれている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.