トヨタTHSは、どうして普及しないのか そのシンプルで複雑な仕組みと欧州のプライド:高根英幸 「クルマのミライ」(5/5 ページ)
前回の記事「シリーズハイブリッド、LCAを考えると現時点でベストな選択」を読まれた方の中には、こんな疑問を持たれた方も多いのではないだろうか。「シリーズハイブリッドなんかより、シリーズパラレルで万能なトヨタのハイブリッドシステムを他社も利用すればいいのでは?」
欧州メーカーの思惑は、それほど単純ではない
トヨタがTHSの特許を無償で公開しているのは、トヨタTHSをトヨタ以外が採用することで、厳しい欧州のCAFE規制をクリアできれば、地球環境の改善が確実に早まる、ということが目的だという。
それは世界一の自動車メーカーならではの責任感ともいえるものかもしれない。けれども、他メーカーはおいそれとトヨタTHSに手を出せないのにも納得できる事情がある。
それは前述のように、特許を利用したとしてもノウハウがなければ、その開発には膨大な時間と費用がかかることだ。仮にトヨタに協力してもらって開発スピードが早まったとしても、そうして作り上げたハイブリッド車を市場は評価してくれるだろうか。トヨタよりも歴史や伝統ある自動車メーカーのプライドもあって、そんな製品は世に送り出せないだろう。
またディーゼル車の排ガス規制で不正を働いた経緯からすれば、ユーザーや行政機関を欺いてまでクルマを販売した企業は、ライバルメーカーが差し伸べた手に簡単に手を伸ばしたりはしないのではないか。結果的にTHSを採用したハイブリッド車を開発しても、10年後には無償公開を終了されたら、自社には技術ノウハウが残らなくなり、その後の開発に困ってしまう。
GMがシボレー・ボルトの遊星ギア機構で、当初エンジンは発電だけに用いると説明したり、ホンダの2モーターハイブリッドが高速巡航時にエンジンを直結させたりするのは、トヨタTHSの特許に抵触しないためでもある、と筆者は思っている。
日本のメーカーがTHSを採用するのは、自社が存続していくのを難しくしてしまう可能性もある。手を出してくるとすれば中国企業だが、すでにトヨタと合弁企業を設立しているところはともかく、リチウムの利権を握っている中国としてみればEVを普及させることこそ、中国車を世界に広める武器となるから、THSは利用したくてもできないという悩ましい仕組みなのではないだろうか。
筆者プロフィール:高根英幸
芝浦工業大学機械工学部卒。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。これまで自動車雑誌数誌でメインライターを務め、テスターとして公道やサーキットでの試乗、レース参戦を経験。現在は日経Automotive、モーターファンイラストレーテッド、クラシックミニマガジンなど自動車雑誌のほか、Web媒体ではベストカーWeb、日経X TECH、ITmediaビジネスオンライン、ビジネス+IT、MONOist、Responseなどに寄稿中。近著に「ロードバイクの素材と構造の進化(グランプリ出版刊)、「エコカー技術の最前線」(SBクリエイティブ社刊)、「メカニズム基礎講座パワートレーン編」(日経BP社刊)などがある。企業向けやシニア向けのドライバー研修事業を行う「ショーファーデプト」でチーフインストラクターも務める。
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