権利であるはずの「無期雇用への転換」を、多くの有期雇用労働者が希望しないワケ:調査データから理由を探る(4/4 ページ)
働き手の権利の一つ、「無期転換ルール」。一見すると有期雇用より無期雇用の方が恵まれているようにも思えるが、このルールを希望する人は意外に少ない。なぜなのか?
ひとまず無期転換の希望を伝えた上で職場と条件をすり合わせ、その内容を吟味した上で最終的に無期転換するか否かを判断しようと思っても、職場と条件をすり合わせる中で働き手が強いストレスを感じるとすれば、それなりの覚悟が必要です。そのストレスにより、無期転換「したくない」とまでは思わずとも、無期転換しようとする意思を押しとどめて、無期転換を「希望しない」理由にはなり得るはずです。
さらに、職場と条件をすり合わせる手前の、無期転換の希望を申し出る行為そのものが働き手に強いストレスを与えている可能性があります。
仮に、「無期転換は法律で定められた権利だから仕方ないが、本当は無期転換など認めたくはない」というのが職場側の本音だとしたら、働き手はその雰囲気を敏感に感じ取るはずです。そんな雰囲気の職場では、無期転換の希望を申し出るだけでも上司や同僚たちから白い目で見られそうで委縮してしまいます。そうした“無言の圧力”と闘うような面倒な思いをするくらいなら、現状に不満はないし、今のままで良いという判断につながりそうです。
ここまで考察してきたことを整理します。無期雇用への転換を「希望する」人より「希望しない」人の方が多いのは、必ずしも無期転換したくないからではなく、無期転換の希望を申し出ることで生じる強いストレスが圧力となり、働き手を委縮させている可能性があるということです。
似たような心理は、コロナ禍で休職させられたり、シフトが減らされたりした働き手が、雇用調整助成金に関する手当支給を職場に求める際などにも働いているかもしれません。無期転換ルールそのものの是非については議論を深める必要があると考えますが、法律で定められた権利が、職場内の“無言の圧力”によって行使しづらいとしたら大問題です。
「権利」扱いでは手遅れになるかも?
今はまだコロナ禍の影響もあり、日本の雇用環境は一時の売り手市場感が薄れ、買い手市場の気配が漂っています。しかし、生産年齢人口は減少の一途をたどっており、構造的には今後深刻な人手不足になる可能性が見えています。雇用環境が再び売り手市場へと転換したとき、働き手は職場のスタンスを見極め、より吟味して職場選びするようになるはずです。
そうなると、無期転換ルールに対する認識は「働き手の権利」から、働き手の確保に悩む職場の「囲い込み手段」へとシフトしていくかもしれません。しかし現状では、冒頭で紹介した記事にあったように、約4割が無期転換ルールを知らないほど周知が不十分な状況です。多くの職場は、まだ買い手市場を前提とした人事施策をとっているということだと思います。
職場としては、日本の雇用環境が今後も買い手市場のままなのであれば、今の方針を転換する必要はないのかもしれません。しかし、再び売り手市場へと転換する可能性は十分にあり得ます。そのときになって慌てて手のひらを反しているようでは、手遅れかもしれません。今のうちから無期転換ルールをはじめとする、働き手の権利にしっかりと向き合い、売り手市場に転換した場合も働き手に選ばれる職場として生産性高く事業を営んでいけるよう、準備を整えておく必要があるのではないでしょうか。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ3万5000人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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