褒める、褒める、褒める! 三重の名物自動車学校に聞く“アゲて”伸ばす人材教育の極意(3/3 ページ)
「君、すごいなぁ」――こんな一言だけで、人は驚くほど前向きになれるもの。そんな人間の愛すべき単純さをうまく利用して、一躍、名物自動車学校となった南部自動車学校(三重県伊勢市)に、人材育成に生かせる褒めるテクニックを聞いた。
「生徒が増えても事故が減らなきゃ意味がない」
「“ほめちぎる教習所”として話題になったとき、多くのメディアに取り上げていただきました。その際、『自動車学校で褒めてばかりでどうする?』『甘やかして運転技術が磨かれず、事故が起きたらどう責任を取るのか』というご意見は、やはり多かったですね。『だから名古屋の運転は荒いんだ』なんて怒られたりして。伊勢市は、名古屋からは遠いんですけどね……」。八田さんは当時を回想し、こう続ける。
「あるテレビ番組で、芸人さんがズバリ言ったんです。『褒めちぎって有名になっても、安全運転を教えて事故を減らすという、自動車学校の本分を果たせていないなら意味がない』。厳しいコメントですが、確かにその通りだと思いました。有名になって生徒数は増えた、生徒と教官の関係も良い。でも卒業後の事故が多かったら? それじゃ意味ないやん。自分たちのやり方が正しいのか、不安に思ったこともありました」
しかし、“ほめちぎる教習所”としてスタートを切ってから、効果は数字となって表れ始めた。13年時は1.76%だった卒業生の事故率は、20年時には0.40%までダウンし、検定合格率は82%→91%に上昇した。不安は自信に変わり、成果が出てくると同時にクレームも年々なくなっていったという。
“褒める”に懐疑的なベテランを変えた生徒の涙
ところで、13年に方針を変えた際、教官は今までの指導方法をガラリと変える必要があったはずだが、反発はなかったのだろうか?
「僕自身は当時、叱る指導に限界を感じていたタイミングだったので渡りに船でしたが、50〜60代のベテラン勢から『なんでや?』という声はありました。でも数年にわたって見ていると、結局ベテラン勢の方が褒めるのがうまいんですよね。
何十年と指導をしてきたわけですから、どこを褒めるべきかは一番分かっている。意識していなかっただけで、潜在的に褒める技術を持っていたんだなと感じました。だから、抵抗がなくなればその技術をいかんなく発揮できるわけです」
そんなベテラン勢の“褒める抵抗感”を払拭(ふっしょく)したのが、卒業式だ。通常、自動車学校の卒業式といえば、書類の確認のみで事務的に終了――というのが一般的。しかし南部自動車学校では、ほとんどの生徒が涙を流して別れを惜しむという。教官たちは、それを見て生徒との間に信頼関係を築けていたことに気付き、次回指導へのモチベーションにつながる。
教え子の卒業式と休みが重なってしまった際は、「ちょっと買い物のついでに」などと言いながらわざわざ足を運ぶ教官も多い。これは「今までならあり得なかった」(八田さん)光景だ。
南部自動車学校の卒業式は、ちょっと特殊。教官からのサプライズビデオレターや、こっそり頼んでおいた親からの手紙も用意する。これも全て、事故を起こした際、悲しむ人がどれだけいるかを伝え、卒業生の安全運転につなげるための演出だという
信頼関係があって初めて指導が生きる
教習中に生徒と教官が口論となり、お互い車を降りたと思ったら真逆に歩き出して喧嘩別れ。教官は「あの生徒はあかん!」と怒り、生徒はそのまま登校拒否――なんてこともあったという南部自動車学校。しかし、約8年かけ褒める指導を確立したことで環境はガラリと変わった。
ギスギスしがちだった職場の雰囲気も改善され、従業員同士の会話が増えた。生徒も教官もお互いに良いところを見つけるクセがつき、好循環が生まれている。
八田さんは、「一番重要なのは信頼関係を築くことであり、“褒め言葉”はそのためのツール」だと言う。同じような注意をしているのに、上司Aの言うことは聞かず、上司Bの言うことは聞く――というのはよくあることだ。上司Aに対して不信感があるのか、興味がないのか、それは部下にしか分からないが、少なくとも自分の良い部分を率先して発見し、認めてくれるかどうかは、上司と部下の間にある壁を取り払うきっかけになり得るだろう。
南部自動車学校では、今も教官がそれぞれ自分流の褒め方、そして効果があったかなかったかを日々研究しながら、マニュアルを更新し続け朝会で発表しているという。一般企業でも、マネジメント職についている者同士で、情報共有しながら、“褒めちぎり育成”を試してみるのはどうだろうか。
関連記事
- ジョブ型人事で才能を開花 従来と異なる「ヒトの育て方」の成功ポイント
話題のジョブ型人事制度と、伝統的な日本型人材マネジメントである職能型人事制度の大きな違いは、ヒトの育て方だろう。ジョブ型の場合、ヒトの育て方の基本思想は「厳しい競争環境を通じてヒトを鍛えていく」ということだ。成功のポイントを解説する。 - 人事部と現場は、なぜもめる? 採用で起きるミスコミュニケーション3つと防止策
採用のシーンでは、しばしば人事部と他部署間でのミスコミュニケーションが起こる。よくあるミスコミュニケーションを3つ取り上げ、その防止策を解説する。 - ビフォーアフターで見る、本当にあった1on1失敗例 「部下の話を聞けない上司」編
筆者が実際に見た、失敗する1on1の典型とは。そしてそれをどう改善すればよいのか。ビフォーアフターで成功する1on1、失敗する1on1を見てみる。 - 中小企業の今夏賞与の支給相場を予想する
新型コロナウイルスが猛威をふるうようになって3度目の賞与がやってきました。この影響が、賞与にどう表われるのか占ってみました。 - 新入社員のオンボーディングに「課題あり」6割の企業 解決法は
6割の企業が、新卒採用者や中途採用者の受け入れから定着・活躍までを支援する「オンボーディング」に、課題を抱えている──ビズリーチが運営するHRMOS WorkTech研究所の調査で、このような結果が判明した。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.