日本から「雑務」がなくならないのはなぜ? 震源地は“東京のど真ん中”:新連載:沢渡あまねの「脱アナログ庁」(3/4 ページ)
印刷、押印、製本、郵送、書留、FAX、出頭、PPAP、印紙、注文請書……。日本から無数の“雑務”がなくならないのはなぜなのか。その原因はどこにあるのか? 多くの企業や自治体、官公庁などで業務改善支援を行ってきた沢渡あまね氏が考察する。
(1)IT企業に印刷や製本をさせる
例えばITシステムの開発業務。受託企業に、設計書・納品書・報告書などを製本して納品させる慣習が、IT企業や現場のエンジニアを無駄に苦しめている。その声の一部を紹介しよう。
「私たちは印刷屋でも製本屋でもない。ITの仕事に専念したい」
「官公庁が指定する印刷および製本のために、SEが専従で7営業日60時間稼働する。本当にばかばかしい」
「紙の端からXミリ空いてること、など細かく指定がある。パンチはこのフロアのこの器具を使うこと、などのルールを聞いた時に、頭が真っ白になりそうだった」
「どうしてそんなに形や様式美にこだわるのか。頭が悪いとしか思えない」
その背景には、会計検査院が監査の際に紙の納品物にこだわるなる話も聞く。DXや働き方改革の発想のかけらもまるでない。
ハードウェアからソフトウェアへ、ものづくりからサービス提供へ。世界的に、このビジネスモデル変革とパラダイムシフトが求められている。にもかかわらず、税務や監査の発想も、いまだに旧態依然の「ものづくり」主義、現物主義の呪縛から抜け切れていない。こうして、無駄な雑務が一向になくならない。
研究者やエンジニアが育たない日本。その一端は、処遇の低さのみならず、このような雑務をなくそうとしない(むしろ増やす)霞が関や大企業の姿勢やこだわりやわがままにもあると捉えている。
(2)議事録を受注者側にとらせて提出させる
この慣習も腑に落ちない。もちろん、受注者が「自分たちを守る」ために自己責任において議事録を取るのは合理的である。しかし、そもそも発注者が議事録を取らないのはいかがなものか? 発注者の管理責任を放棄しているとも受け取れる。
こうして、システム開発業務を請け負ったIT企業のエンジニア、デザイン業務を請け負ったデザイナー、研修業務を請け負った人材育成企業の育成のプロなどが、議事録作成などの間接業務で時間と神経をすり減らす。
(3)注文請書の提出を求める
これまた悩ましい間接業務である。注文を受けた証跡として、注文請書の発行を義務付ける。しかも、紙とハンコなおかつ印紙まで求められることがあるから目も当てられない。紙を印刷して押印して、さらに印紙を貼って郵送する手間も発生させる。体力と事務リソースが豊富な大企業ならさておき、中小零細企業やフリーランスにとってはたまったものではない。
メールなど電子的なやりとりで済ませればいいものを、平安時代の遺産のような雅な歴史的作業が無駄なコストと稼働を生む。
(4)補助金や助成金の申請
このコロナ禍においても、苦境に立たされた零細事業者や飲食店などを支援すべくさまざまな補助金や助成金が創設された。それ自体は素晴らしいことだが、申請承認のプロセスは大いに改善の余地がある。
霞が関や行政特有の複雑怪奇な申請書類の数々に、多くの事業主は固まる。複雑怪奇で、記入方法が分からない。さらに、「あれも出せ」「これも出せ」とさまざまな書類や証跡を求められる。
「忙しくて、書類を書いたり証跡をかき集める暇がない」
「申請書類を作成するために、深夜労働や休日を返上しなければならない」
「申請するために役所に出頭しなければならない。平日日中時間帯に役所に行くヒマがあったら、1円でも本業の稼ぎを上げたい」
霞が関で制度設計した官僚は、現場の人たちの悲痛な叫びを聞いたことがあるのだろうか? 提出書類を審査する行政職員にとってもたまったものではない。本来優秀なはずの公務員が、書類の抜け漏れチェックと差戻しで忙殺される。これこそリソースの無駄遣いである。
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