性行為後に男を食べて妊娠するSF小説『ピュア』とその翻訳版が「1点もの」NFTに 狙いは?(3/3 ページ)
SF小説『ピュア』(作・小野美由紀)と、その2種類の英訳版が、それぞれ「一品もの」のNFT(ノン・ファンジブルトークン)としてオークションに出品された。小説をNFTにする先行事例は存在している。しかし日本のSF小説で、しかも英訳版を公開するプロジェクトは今回が初めてと見られる。
日本の文学作品の英訳で報酬が得られるモデルを
「日本のSF小説が英訳版でNFTになるのは、今回が初めてだと思う」と小野氏は語る。小説をNFTにする先行事例は存在している。しかし日本のSF小説で、しかも英訳版を公開するプロジェクトは今回が初めてと見られる。もう一点、今回の「ピュア」NFTプロジェクトには特筆すべき特徴がある。作家だけでなく「翻訳家のため」の報酬モデルを模索している点だ。なお、英訳版が2種類ある理由は「『ピュア』を英語に翻訳したい」という申し出が同時期に2件あり、それぞれをNFTにする形となったからだ。
「日本文芸の翻訳はもうからない。過去に何回か海外出版をしたが、どこの国でも翻訳者は手弁当だった。企画から翻訳から約束の取り付けから全部自分で進めないといけない。短編翻訳は単行本にできないので文芸誌に掲載する形となるが、それでは報酬は5万円といった少額になる。単行本として出版されないとそれ以上のお金はもらえない。多くの文芸翻訳者は専業ではやっていけないので、大学の非常勤講師などが翻訳を手がける。この状況のままでは日本文芸の翻訳文化は発展しない。そういう危惧がある」。小野氏はこのように語る。
英訳版NFTが売れたなら、翻訳者が収益を得る新たなモデルが登場することになる。それは、日本SFを海外に紹介するルートを増やすことになる。「多くの日本人作家にとっての海外出版のチャンスを増やしたい」と小野氏は言う。
今回の「ピュア」英訳版では、翻訳者にもNFTの売り上げを分配する契約を結んだ。NFTの転売時にも、翻訳者に収益の5割が入る。NFTが転売され続けるなら、継続的に収入が発生することになる。
しろしinc.と山田弁護士がクリエイターを契約面で支える
『ピュア』NFTのプロジェクトを実務や契約の面で支えているのが、スタートアップ企業しろしinc.である。「クリエイターのパートナー」を掲げる企業だ。
しろしinc.CEOの山田邦明氏は、スタートアップ企業を経て、地元の岡山でしろしinc.を創業した。山田氏は弁護士でもあり、今回のプロジェクトでは契約の作成にも携わった。
山田氏はこう話す。「よくNFTはデジタル上の所有権の移転といわれるが、実は『デジタル上の所有権』という概念は法律上の概念ではない。もっとも、出品者と購入者との間の契約は自由に設計できるため、契約とセットにすることで、創作物の出版や映像化など別の権利を伴った契約とNFTを組み合わせることもできる。版権をNFT化したマーケットを作ることも可能だろう」
つまり「創作物×NFT×契約」の組み合わせは、想像以上に応用できる可能性がありそうなのだ。
NFTはブロックチェーンを前提とした仕組みだ。ブロックチェーンと契約という言葉を聞くと、ブロックチェーン上のプログラムの形態で契約を自動実行する仕組み(スマートコントラクト)が思い浮かぶが、山田氏が考えるNFTと契約の関係はそうではない。ブロックチェーン上のNFTと、「私人間における合意」としての契約の組み合わせにより、作家と翻訳家のための新たな報酬モデルや版権ビジネスを構築しようとしている。
創作物とNFTの組み合わせの可能性は、まだ探求し尽くされていない。小野氏と、しろしinc.の挑戦はまだ始まったばかりだ。少し先の未来には、今とは異なる文芸マーケットが開拓されているかもしれない。
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