日本企業に使いこなせるのか 過度な「優秀な人材」獲得競争に覚える違和感の正体:組織文化を壊すリスクも?(5/5 ページ)
昨今、ビジネス環境の変化に伴い、「優秀な人材」の獲得競争が激化している。一方で、いわゆる優秀な人材を獲得するのがゴールではない点に留意が必要だ。ケースによっては組織文化を壊してしまうリスクもある。
(1)「企業の10年後のあるべき姿」を考える
「ロードマップを描く」といっても、どのように進めていいか分からない方も多いと思います。筆者はまず、経営者と人事で、以下のようなフレームで「企業の現状」と「10年後の未来の姿」を整理していくことをおすすめしています。
この四象限のフレームは、左側が「今の組織の姿」、右側が「10年後の組織の姿」を表しています。未曽有の将来のことを考えるのは難しいので、まずは左側の「今」のフレームから自由に議論していきます。単純に「今の組織のいいところ(素晴らしいところ)」「今の組織の悪いところ(改善すべきところ)」を徹底的に挙げていきます。ポイントは「議論をし尽くす」こと。全員が考えていることを、全て挙げてみてください。
次に、右側の「10年後の姿」に移ります。未来の話は誰にも分からないので否定をせずに自由に議論してみてください。しかし、「なりたい姿」を議論していると、どうしても現実感に乏しい、聞こえがいい言葉ばかり出てくることがあります。そんなときは「なりたくない姿」について議論を移してみてください。この「なりたくない姿」の議論は、経営者の「本音」です。ここで出てきたものを逆に考えていくと「なりたい姿」のイメージがしやすくなります。
このような簡易なフレームで議論の内容をまとめ、さらに議論を重ねていくと、徐々に組織の将来像がシャープになっていくはずです。大事なのは耳障りのいいきれいな言葉を作ることではなく、経営者と人事の目線を合わせることです。ここに力点を置いてみてください。
(2)既存社員の棚卸をする
(1)で整理したフレームを踏まえて、現在の社員のスキルや能力を考えてみましょう。組織としての強みを発揮できる、既存社員の特徴があるはずです。これは、組織力を発揮するための強みにつながり、大切にしていくべきものです。活躍している社員の強みをさらに伸ばすプログラムを行ったり(選抜型の育成プログラムなど)、価値観を共有する社内施策を実行したり(ビジョンや評価制度への組み込みなど)、全社員に浸透していくような活動を行っていきましょう。
一方、企業の将来に向けて既存社員では足りない部分がある場合、不足部分を社員に理解させ、身に着けてもらう必要があります。全社員が必要性を理解するためのトップメッセージを打ち出し(ビジョンや行動指針など)、強化施策を積極的に展開し(育成プログラムなど)全体のボトムアップを図り組織力を強化していきましょう。
一定のロイヤリティーが醸成されており、組織において多数派の既存社員を動かすことは、組織変革には最も重要で、ゴールへの近道につながります。
(3)既存社員で「足りない」人材像を定義する(自社に必要な人材)
目指す10年後の姿を考えると、既存社員の能力を高めて組織力を強化しても追い付かない可能性があります。これが自社の「新たに求める(採用する)優秀な人材像」なのです。既存社員の実力を伸ばしても事業成長スピードに追い付けなければ、新たな人材を採用しなければなりません。
このようなプロセスを経て、初めて「自社に合った人材像」を定義できます。さらに、組織文化になじみ適合できること。これも合わせて採用要件とするといいでしょう。
このように、自社に合う人材を採用するためのポイントをお伝えしてきましたが、最も大事なことは経営と人事が「目線を合わせて合意する」ことです。将来を見据えた人材の採用は、企業の事業戦略そのものです。納得のいく採用を行うためには、経営と人事が一枚岩になって目標を共有し、実行していくことが欠かせません。
コロナ禍は、良くも悪くも企業の課題を顕在化させてしまいました。自社の課題がおぼろげながら見えてきた企業もあるでしょう。不透明な将来への不安がある企業は、今こそ経営と人事が一体となって、自社の事業・組織戦略を考えていく絶好のチャンスではないでしょうか。
著者プロフィール・高橋 実(たかはし みのる)
組織・人事クリエイティブディレクター/マイクロ人事部長
株式会社ティーブリッジェズカンパニー 代表取締役
法政大学 兼任講師ほか、複数企業の人事責任者として従事。
慶應義塾大学卒業後、株式会社ジェーシービーでインターネット黎明期の新規事業立ち上げに従事、その後NTT、トヨタのクレジットカード事業立ち上げに参画。その後人事に転身し、トヨタファイナンス株式会社、創業100年企業、株式会社HDE(現HENNGE株式会社)で人事部長を歴任したのち、「人事の複業」として複数企業の人事責任者としてハンズオンで企業の組織改革を手掛けている。
新卒、中途、アルバイト採用変革、外国人採用、人事制度改革、女性人材活用、組織改革プランの企画・実行、HR Tech導入、労務実務改革、組織健康戦略、戦略総務(BCP/リスクマネジメント/オフィスファシリティマネジメント)など、企業の中に入ってハンズオンで行っている。セミナー登壇・メディア出演多数。
「高橋実@マイクロ人事部長」としてnoteでも情報発信を行っているほか、Twitter、Linkedinでも活動している
関連記事
- 日立、富士通、NTT……名門企業がこぞって乗り出す「ジョブ型」、成功と失敗の分かれ目は?
何かと話題になることの多い「ジョブ型」を前後編で解説。後編記事となる今回では、そもそもなぜ、名門企業がここにきてジョブ型への対応に急ぐのか、そして定着・成功のカギは何なのかを解説していく。 - すぐにクビ? 休暇が充実? 日立も本格導入の「ジョブ型」 よくある誤解を「採用」「異動」「解雇」で整理する
何かと話題に上がるジョブ型雇用。過日、日立製作所が本格導入をぶち上げニュースとなった。さまざまなイメージが語られ、「すぐクビになる」といった悪評や、一方で「過重労働から解放される」「ワークライフバランスが充実する」といった声も聞く。いまいち実態のつかめないジョブ型を、よくある誤解とともに解説していく。 - 転換期の採用領域 HRテックを活用すべき2つのポイントと、求められる4つのスキル
コロナ禍で激変する採用領域。HRテックの活用機運も高まるが、テクノロジーは決して「魔法の杖」ではないことに注意が必要だ。その特質を踏まえ、採用領域においてテクノロジーを活用すべきポイントはどこにあるのか。人事領域に詳しい筆者が、「2つのポイント」と、これから求められる「4つのスキル」を解説する。 - 興隆するHRテック市場で、採用テックがなぜ今注目なのか?(前編)
市場が急成長している採用テック。テクノロジーをてこに、採用の世界が効率化・高度化が進む「採用テック」が、今求められる理由は主に2つあるという。 - 興隆するHRテック市場で、採用テックがなぜ今注目なのか?(後編)
海外では採用テックは採用のバリューチェーン(流れ)に沿って、CRM、ATS、オンボーディングという区分でさらに細分化されており、そこで製品もすみ分けがなされている。 - 富士通のDX人材不足を、リファラル採用が救った! 2つの理由
人材不足にあえぐのは、誰もが知る大企業とて例外ではない。富士通もまた人材の獲得に苦慮し、特にDX人材を十分に獲得できずにいた。そんな中で始めたリファラル採用が、3年間で100人以上の入社に結びついている。 - 「日本版ジョブ型雇用」の現在地 日立、富士通、ブリヂストンなど【まとめ読み】
「ジョブ型」とは結局何か? 日本でジョブ型の導入を進める7社の事例を通して、「日本版ジョブ型雇用」の現在地を探る──。 - “大量採用”成功の秘訣は「実況スレ」! 1年間で163人が入社した注目株スタートアップの独自メソッド
2020年、163人もの新入社員を受け入れた企業がある。B2B SaaS事業を手掛けるSmartHR(東京都港区)だ。コロナ禍で迎え入れた大量の新入社員が、会社になじめるようにどのような工夫をしたのか。新進気鋭のスタートアップ企業のオンボーディングを、人事グループの六原恵氏に話を聞いた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.