豊田章男研究 春闘編:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)
春闘は、これまで豊田社長が戦ってきたさまざまな問題の中で最も手強いのではないか? そこで豊田社長がやったことが面白い。トヨタイムズを使って、労使交渉を公衆の面前に引っ張り出した。「全員ひとりも欠かさず○%のベースアップをお願いします」。それをサプライヤーもユーザーも見られる動画で公開したのだ。それでも言えるのか? 「言うな!」ではない。世の中のオープンな場で言えるのならいくらでも言っていい。
最も手強い春闘
それはあまりに直球過ぎて、数々の摩擦を呼んでいるともいえる。同じような話としては、春闘もご多分に漏れない。という以上に、これまで豊田社長が戦ってきたさまざまな問題の中で最も手強いのではないか?
「ベア○%」「満額回答」。春闘の興味は現状全てそこに集約されている。しかしそれで本当にいいのだろうか? 会社と労働者が話し合う項目の中で、賃金が小さい要素だとは言わない。しかし賃金が全てではない。
もうだいぶ前から、日本国民は多かれ少なかれ、未来を不安に思っている。昨日と同じ今日にただすがりついていて未来があると思っている人は誰もいない。
高齢者は、年金以外に老後の資金を2000万円用意しろと言われて困惑し、大学生は就職先があるかどうかを心配し、会社員はいつ整理対象になるかに怯える。
組織にも制度にも一切守られていないフリーランスの筆者は、「潜在的失業者」であり、だからこそ、明日の飯を食っていけるように、常に考え、違うことにトライをし続けなければならない。国民全体を覆う不安は分かるが、ただ不安がっていても何も変わらない。本来自分の力で建設的に未来を作り出す以外に方法がないのは、誰もが何となくは分かっているはずだ。
ベアがどうだという考え方は、本質的に「施す側」と「施される側」という考え方である。昨日と同じように働いたからベースアップしてくれと言って通る時代とは思えない。
もちろん、すでに日本の多くの企業が失敗してきたように、「能力給」で解決する話ではない。職種によってコストセンターとなる部署もあるし、プロフィットセンターになる部署もある。それらをどうやって能力で均等に評価するかは難しい。定量的にやれば必ず歪みを招く。
筆者がかつて雑誌中心の出版社にいた時を思い出せば、広告が入りやすい媒体と入りにくい媒体があった。媒体の利益は、その媒体の枠組みであらかた決まっているようなもので、編集長の能力や、編集部員の能力でそれがひっくり返せるほどの差は出ない。そんな状態で荒っぽい能力給制度を作れば、評価も給与もどこに配属されるかでほとんど決まってしまう。
能力によらない平等評価は昨日と同じ明日を生み出し、一方で部署利益に依存すれば、人事で給与が決まってしまう。どちらにも出口はない。岸田首相は「成長と配分」を重要政策に掲げるが、その先は語ってくれない。
トヨタが利益を上げていくためにも、従業員が豊かな暮らしを続けていくためにも、大事なのは労使交渉の場に居並ぶ「役員」と「組合員」だけではないのだ。非正規雇用を含む非組合員もたくさんいるし、ステークホルダーには、株主も、顧客も、サプライヤーもいる。結局の所国民全体が豊かになる話をさておいて、役員と組合が山分けの相談をしても、そのツケはやがて回ってくることになる。
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