アイスの棚が「稼げる広告」に変身! 小売店の新しい可能性:石角友愛とめぐる、米国リテール最前線(4/4 ページ)
小売店舗には「消費者との接点を持っている」という強みがあります。これまで、オフラインの小売店はオンラインの小売店に比べて広告では稼げないとされてきましたが、状況は変わってきているようで――。
クーラー・スクリーンのWebサイトによると、あるビール会社がクーラー・スクリーン上で行った広告キャンペーンの結果、購入頻度が2.2%アップし、広告の費用対効果も上がったということです。また、あるアイスクリームメーカーがクーラー・スクリーン上で広告配信したところ、消費者のブランド認知が7%アップしたという調査結果もあります。
また、小売店舗にとっての経済的効果としては、客単価が上がることで店舗ごとの売り上げが50〜100%アップし、クーラー・スクリーンによる広告商品の売上成長率は、非広告商品と比較して2〜10倍にもなると記載されています。
米国ドラッグストアチェーン大手のウォルグリーンでは18年よりクーラー・スクリーンの試験的導入が始まっており、現在は約700店舗で展開しているとのことです。同社の担当者は、CNNのインタビューに対して「当社では、お客さまに新しい体験をお届けするために、積極的なデジタル・イノベーションの探求に取り組んでいます」と期待を寄せた回答をしています。
今後の課題
小売店舗にとって新しい収益源となる可能性があるクーラー・スクリーン導入による広告ビジネスですが、課題がないわけではありません。
一番大きな課題が、消費者からの嫌悪感です。実際に、SNSには「ウォルグリーンに水を買いに行っただけなのに棚の扉が広告で埋め尽くされていて、中に何があるのかが見えなかった」「スクリーンにアイスクリームが表示されているから購入しようと思って扉を開けたら棚が空っぽでがっかりした」というような内容のビデオが投稿されています。
今後は、スクリーンの透明度を高めて扉を開けなくても中が見えるようにすることや、棚の中と広告表示内容が一致しているようなデータクオリティーの担保や、在庫補充のオペレーション統一などが課題になってくるでしょう。
また、ジョージア大学のマーケティング准教授で、消費者行動を研究しているフリオ・セビリア氏からは「人々はこれまで培ってきたルーティーンを大切にしており、誰もが刺激的な新しい顧客体験を求めているわけではない」という声もあがっており、そもそも商品棚全体をデジタル広告スクリーンに変えることが、消費者の求めていることと合致するのかという点が疑問視されているのも事実です。
しかし、KrogerやCVSなどの米国大手小売チェーンが続々とクーラー・スクリーンの導入を発表していることから、小売店側としては、消費者の店舗内体験向上よりも、店舗ごとの売上向上や広告ビジネスの拡大を優先しているようにもうかがえます。
テレビのCMやYouTubeの広告などからもいえるように、広告というのは本来無料でサービスを受ける代わりに表示されるものであり、これまで消費者はある程度我慢をして広告を受け入れてきました。
もちろん、ターゲティングなどの広告技術が進歩したことで、これまでよりも消費者のニーズに沿った広告を表示でき、広告に対する嫌悪感が以前よりは減ってきている可能性はあります。しかし、スーパーマーケットやドラッグストアなどの店舗に足を運ぶ消費者は、商品を購入しに足を運んでいるのであり、何か無料のサービスを受け取りに来ているのではありません。
今後、消費者が店舗内の巨大な広告サイネージを見てどう思うのか、どのような意思決定につながるのかという点は、注意深く検討する必要があるといえます。
同時にプライバシーの問題も懸念されています。前述の通り、クーラー・スクリーンではプライバシーを第一に考えており、「Identity-blind(個人のアイデンティティーが見えない)」技術であることを打ち出し、経営陣にはプライバシーの専門家もいることから万全の対策をとっていると同社のWebサイトには記載されています。
また、個人が特定できないようなセンサーを搭載しているということですが、ターゲティング広告やパーソナライズした広告に対するルール強化が起きている今日、消費者のプライバシーに対する意識が高まってきています。大きな広告スクリーンが店舗内に大量に設置されている店舗で、心地よく買い物できる消費者がどれだけいるのか──といった点についても、消費者の心象や判断をしっかりとモニタリングする必要があるでしょう。
著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科データサイエンス学科客員教授(AI企業戦略)及び東京大学工学部アドバイザリー・ボードをはじめとして、京都府アート&テクノロジー・ヴィレッジ事業クリエイターを務めるなど幅広く活動している。また、毎日新聞「石角友愛のシリコンバレー通信」、ITメディア「石角友愛とめぐる、米国リテール最前線」など大手メディアでの寄稿連載を多く持ち、最新のIT業界に関する情報を発信している。「報道ステーション」「NHKクローズアップ現代+」などTV出演も多数。
著書に『いまこそ知りたいDX戦略』『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
お問い合わせ、ご質問などはこちらまで:info@paloaltoinsight.com
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