人命を預かる仕事の重さとは? 新人CAをハッとさせたコックピットの「黒いカバン」:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
知床遊覧船の痛ましい事故のニュースを聞いたとき、筆者が「真っ先に浮かんだ」というのは、航空会社での勤務時に見ていた、フライトエンジニアが持つ“黒いカバン”だ。それはどのようなものかというと──。
事件発生後、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、 タイレノールへの信頼を取り戻すために、外部からの異物の混入を防ぐ薬のパッケージの開発。さらには、消費者だけでなく、医師へのプレゼンテーションを計100万回行うなど、ありとあらゆる策に全社を挙げて取り組み、1982年12月(事件後2カ月)には、事件前の売り上げの80%まで回復させたそうです。
「疑わしい」というだけの段階で、経営トップも社員も全グループが一丸となって、自らの不利益を顧みず徹底的にできることを、あらゆる手段を講じて尽くしたことが、「消費者を第一に考える企業」として、企業イメージを高める結果となったのです。なお、本件については後の調査で毒物は同社の工場で混入したわけではなく、店頭で何者かによってタイレノールに混入されたことが明らかになっています。
バーク会長は、勇気ある決断を下せた理由について、「消費者の命を守る」ことをうたった、「我が信条(Our Credo)」という自社の企業理念に立ち返ったことだったと語っています。
「今こそ、我が信条を貫こう! そのため私たちはいるのだ」と苦渋の決断をしたのだ、と。
我が信条は、 ジョンソン・エンド・ジョンソンのニューヨーク証券取引市場での株式公開1年前の1943年に、トップだった3代目社長ロバート・ウッド・ジョンソンJrによって起草された、ジョンソン・エンド・ジョンソンという会社の社会的責任(Company Social Responsibility)を記したA4用紙1枚の文書です。
私の言葉で言い換えれば、これは「なぜ、何のために自分の会社が存在しているのか?」という“会社アイデンティティー”です。そして、それを全社員で共有することで、トップから新入社員まで、全ての社員が「何のために自分たちがいるのか?」「自分たちのすべきことは何か?」というミッションを胸に、働いているのです。
会社は、英語でCOMPANY、一緒にパンを食べる仲間です。COMPANYがCOMPANYとして存続し続けるためには、いかなる状況に遭遇しようとも、自分たちのやるべきことの原点に立ち返る必要があります。
その“原点”が忘れられたとき、「僕たちの大切な人を、道連れにする会社」に成り下がる。
今回の事故は、原点をないがしろにする会社により起きた、とんでもない事件であり、金で解決される代物ではありません。
それと同時に、「私」も同じ過ちを犯さないために、「なぜ、何のために自分の会社が存在しているのか?」をトップは自問し、社員と共有する。コロナ禍で以前にまして、効率化が進められている今だからこそ、基本=原点に戻る必要があるのではないでしょうか。
個人の働き方も、会社の経営も、この原理原則は変わりません。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)がある。
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