西九州新幹線に乗ろう! 新鳥栖〜武雄温泉間のフル規格新幹線はなくてもいいから:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
8月23日、西九州新幹線の特急券が発売された。開業日9月23日の上りと下りの一番列車は10秒、二番列車も1分半で完売したという。福岡県と長崎県は、西九州新幹線のフル規格を佐賀県内でも実現したいだろう。しかし佐賀県がいらないというフル規格新幹線を押しつける必要はない。
鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス
しかし、自分ごととして長崎観光を考えた場合、長崎空港ベースで問題ないし、西九州新幹線のおかげで「武雄温泉」という宿泊オプションがついた。長崎〜武雄温泉間は66キロ、約30分。これは新宿〜箱根湯本間88.6キロより短い距離、大阪(梅田)〜有馬温泉より短い所要時間だ。武雄温泉、嬉野温泉はもはや「長崎圏」だ。
西九州新幹線は福岡県と長崎県の需要が大きいだろうから、両県は佐賀県内のフル規格を実現してほしいだろう。しかし、長崎空港を利用する三大都市圏の観光客にとっては「どうでもいい区間」だ。いままで佐賀県内もフル規格にしたほうがいいなんて、出過ぎたことを言ってゴメンナサイ。三大都市圏の観光客にとって、佐賀県内フル規格新幹線はいらない。だから長崎県も焦らないでいい。三大都市圏の観光客を増やしたけれは、フル規格新幹線全通より、長崎空港発着便の増便を働きかけるべきだ。
ただし、もし、佐賀駅を通るフル規格新幹線が全通したらどうだろう。京阪神から長崎へ向かう観光客が新幹線を選び、佐賀県に立ち寄るかもしれない。もちろん佐賀県を目的地にする場合もある。私も不便な長崎空港を使うくらいなら、航空運賃が安い福岡空港便を使って新幹線で長崎へ行き、佐賀市に寄ってみようかなという気持ちになる。
佐賀市は大隈重信、鍋島直正、江藤新平など幕末から明治にかけての偉人の出身地。ゆかりの場所がいくつもある。特に佐野常民は鉄道ファンなら詣でるべきだろう。佐賀藩時代に日本初の蒸気機関車をつくり、日本赤十字社を立ち上げた人物だ。景勝地としてはラムサール条約湿地に登録された「東よか干潟」。伝統工芸として鍋島緞通など見どころは多いし、佐賀県立博物館、佐賀県立美術館は常設展無料で楽しめる。
結論として、佐賀県がいらないというフル規格新幹線を押しつける必要はない。佐賀県が自らの魅力に気付き、長崎と同等かそれ以上の価値があると発信して「もっと全国から観光客に来てほしい、つきましては新幹線をフル規格で建設してほしい」というまでは、このままで差し支えない。切実に新幹線を欲している四国にリソースを割くべきだ。
国も長崎県もJR九州も、焦る必要はない。
鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス。というスタンスでいい。
そんなわけで、乗り鉄のみなさんは西九州ルート全線開業を待たずに、西九州新幹線に乗りに行きましょう。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
関連記事
- 次の「新幹線」はどこか 計画をまとめると“本命”が見えてきた?
西九州新幹線開業、北陸新幹線敦賀延伸の開業時期が近づいている。そこで今回は、新幹線基本計画路線の現在の動きをまとめてみた。新幹線の構想は各県にあるが、計画は「建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画」として告示されている。これと費用便益比、各地のロビー活動の現状などから、今後を占ってみたい。 - 佐賀県の負担金は? ゲーム理論で導き出した「九州新幹線西九州ルート」
「九州新幹線西九州ルート」の新鳥栖〜武雄温泉間の着工の見通しが立たない。理由の1つが「佐賀県の負担金問題」だ。佐賀県は在来線で不満はなく、フル規格の費用負担は見合わない。経済学のゲーム理論によれば、3者が最も合意しやすい負担額は「佐賀県と国の負担減、長崎県の追加負担あり」と試算された。 - 西九州新幹線時刻表「かもめ」に謎の欠番、列車ダイヤを見て分かってきたこと
武雄温泉〜長崎間を結ぶ西九州新幹線の時刻表が発表された。鉄道事業では、線路、駅、車両というハード面と同じくらい、利用者の使いやすさや需要を考慮して決定される「ダイヤ」というソフト面も重要だ。ダイヤを見れば、地域の特性や事業者がその路線に期待することが見えてくる。 - 不人気部屋が人気部屋に! なぜ「トレインビュー」は広がったのか
鉄道ファンにとって最高の「借景」が楽しめるトレインビュールーム。名が付く前は、線路からの騒音などで不人気とされ、積極的に案内されない部屋だった。しかし鉄道ファンには滞在型リゾートとなり得る。トレインシミュレーターや鉄道ジオラマなど、ファンにうれしい設備をセットにした宿泊プランも出てきた。 - ドラえもんがつくった地下鉄は公共交通か? ローカル線問題を考える
『ドラえもん』に「地下鉄を作っちゃえ」という話がある。のび太がパパのためにつくった地下鉄は公共交通と認められるか。この話をもとに、公共交通になるための過程、利用者減少から撤退への道のりを考えてみたい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.