リストラを礼賛する経営者たち──魅惑の「雇用の流動性」は何を引き起こすのか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(5/5 ページ)
「日本は解雇規制が厳しすぎる、流動性がない」と主張する経営層は少なくない。米国など諸外国のように、雇用の流動性を高めれば賃金が上がるという考えに潜むウソと間違いとは──?
企業をむしばむ、リストラの後遺症
そして何よりも大切なのは、実質的リストラに「希望退職」という美しい言葉を使うのをやめること。リストラするなら正々堂々とやればいい。その上で、以下の歴然たる事実をお話ししておきます。
リストラや失業が、体の健康や精神健康と関連が深いことは、以前から指摘されています。例えば、失業している男女は、超過死亡(予想される死亡数に対しての増加分)の頻度が高い他、主観的健康度も低いというのが研究者の一致した見解でした。
そんな中、リストラという“イベント”そのものが健康に悪影響を及ぼすのか、それとも失業しているという“状態”が悪いのかを検討するために、1990年代、イギリスで大規模な調査が行われました。
その結果、リストラ直後にほとんどの人の精神健康が悪化したのに対し、失業期間との関連は認められなかった。また、周りが次々とリストラされ「自分もリストラされるかもしれない」との不安を感じた人は、リストラされた人と同じくらい精神的健康度の低下が認められたのです。
つまり、リストラというイベントは当人だけでなく、周りの社員にも「自分もいつか……」という恐怖を与え、会社からすれば「わが社の社員として頑張ってほしい!」と期待している人のメンタルにまで悪影響を及ぼしかねない「悪行」なのです。
さらに、リストラの影響は「次世代」にも影響することも分かっています。
カナダで行われた調査では、父親のリストラがその子どもが大人になったときの年収を9%下げることが分かった。父親のリストラで収入が下がるため、子どもの教育費用を減少させたり、父親が不健康になったりすることが子どもの成長に悪影響を与えるのです。
これらの結果から言えるのは、リストラが社会に及ぼす影響は広範囲にわたるということ。本当に「未来を見据える」のであれば、安易にリストラに手を出すのは本末転倒。「今いる社員」が仕事への意欲を高められるような施策を講じることが先です。
念のため断っておくと、私は転職したい人のスキルが生かせるような流動性は必要だと考えています。しかし、ただ流動性さえ高まれば万事がうまくいくといったような幻想は危険です。そうした考えはいい加減、捨てた方がいいと思います。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)がある。
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