宮城県民のソウルフード「パパ好み」 ファンを惹きつけ続けるための工夫とは?:地域経済の底力(3/3 ページ)
宮城県大崎市で事業を営む、創業71年の松倉。従業員わずか10人程度の小さな会社だが、同社の看板商品である「パパ好み」は、宮城県民はもとより、全国に数多くのファンを抱える。一見すると変哲のないおつまみ菓子なのだが、人々を飽きさせないための工夫があった。同社の松倉善輝社長に話を聞いた。
東日本大震災、そしてコロナ禍……
実は、同社は数十年もの間、ほとんど売上高に変化がなかったという。良くも悪くも時代の流れに左右されず、常に一定の顧客を抱えていることの現れである。
とはいえ、過去に何度かピンチに直面したこともある。一つは、東日本大震災だ。地震によって店舗の壁は崩れ、1カ月ほど電気がストップするなどの被害があったため、その間は営業を休止せざるを得なかった。
もう一つは、新型コロナウイルスである。県外から宮城に来る人は激減し、地元の人も出歩かなくなったことで、最もひどい時期には売り上げが半減した。
「コロナ禍で駅や旅館・ホテルの売店が軒並み閉まったことで、私たちも観光業とは無縁ではないなと痛感しました。常日頃から在庫を切らさないようにしていましたが、取引先からとんでもない数の返品があり、結果的に処分せざるを得ませんでした」
その後、20年夏にスタートした観光支援事業「GoToトラベル」によって客足が戻り、商品需要が高まったかと思えば、感染者増で再び落ち込むという、「返品と納品の繰り返し」(善輝社長)に翻弄される日々が続いた。
追いうちをかけたのが、相次いで東北地方を襲った大地震だ。
「コロナになってから2年連続で大きい地震がありました。特に今年3月は苦しかったです。やっと人が動き出したねと、仙台駅の改札内で販売しようとなった矢先に地震が起きて新幹線が止まってしまいました。あと、仙台の百貨店に大規模納品したその日に地震の影響で天井が落ちたため、先方から『返品してもいいですか』と連絡がきたことも……」
そんな不運が続く中でもできることをしようと、販路を広げる努力は怠らない。最近では初めて気仙沼の商店と取引が始まるなど、着実に前に進んでいる。また、新業態として、11月にはチョコレート菓子の製造・販売にも踏み切った。
これまで松倉は明確な経営理念というものを掲げてこなかった。けれども、一つだけ代々受け継がれてきた哲学がある。
「分福精神。自分一人の幸福はあり得なくて、周りを幸せにすることで、こっちも幸せになれる。それは創業者である祖父の代からずっと言われ続けています」
善輝社長もまた、顧客のために、地域のために、パパ好みをはじめとする商品を通じて、幸せをお裾分けしていく。
著者プロフィール
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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