ペンギン池騒動と職場セクハラの共通項 笑いと非難の境界線はどこに:働き方の見取り図(4/4 ページ)
お笑いタレントが動物園のペンギン池に落下し物議をかもした。擁護する声がある一方、ネット上には「動物の尊厳を傷つける行為」「やっていることが回転ずし店での迷惑行為と変わらない」など厳しい言葉があふれた。自ら池などに落ちて笑いを誘うシーンは見慣れた光景でもあるはずなのに、今回の行為は一体何が問題だったのか。
そんな緩い感覚に長く慣れ親しみ染みついている人たちにとっては、いまの職場やテレビ番組における節度への期待と野暮の境界線の範囲はとても狭く映り窮屈なはずです。ペンギン池騒動についても「この程度で非難する世の中の方がおかしい」ということになるのだと思います。
「窮屈な世の中」だと嘆くのではなく
ただ、忘れてはならないのは、かつて期待と野暮の境界線がもっと緩くて受け入れられていた時代であっても、誰かの不幸が連想されてしまうと素直に笑えなくなるのは同じだということです。もし、お笑いタレントが熱湯風呂で本当にヤケドしたならば笑えるはずがありません。
性的マイノリティを揶揄するようなキャラクターがゴールデンタイムのバラエティー番組に登場していた時代があったのは、当時の社会が寛容だったということではなく、性的マイノリティの人たちの気持ちを想像する力が社会全体で欠如していたからだと認識する必要があります。そんな人々の想像力の欠如による犠牲者は、後の時代から見たとき、いまの時代にもきっと存在しているはずです。
時代の流れとともに、社会はより多方面への配慮に敏感になってきています。それは、過去の感覚からすると窮屈で息苦しくなっているということかもしれません。「この程度の行為をイチイチ非難していては、テレビがつまらなくなる」「これくらいのこと、昔はハラスメントなどと言わず笑って受け流していたもんだ」と嘆く声は、いまもあちこちで聞かれます。
しかしながら、そんな息苦しい時代においても、職場で節度をわきまえて見事に振る舞ったり、冗談を言って場を和ませたりしている社員はいます。テレビ番組の中でも、爆笑をとり続けているお笑いタレントたちはいます。そんな適応力の有無は、必ずしも年齢の高さで一律に線引きされるものではありません。年配管理職であってもベテランのお笑いタレントであっても、いまの時代に第一線で活躍し続けている人は、いち早く変化の機微をくんで適応しています。
期待と野暮の境界線は、その場、その時代ごとに異なり変化します。いまは時代の変化に加え、多様性を受け入れようとする流れも同時並行で進み、変化の幅はこれまで以上に広く複雑です。そんな変化についていけず抗い続ける人と、変化をいち早く察知して適応し、新たなチャンスを見出していく人の間の“適応力格差”は、今後さらに広がっていくことになるのではないでしょうか。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ4万人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
関連記事
- 出生数80万人割れ 成長が「無理ゲー」のいま、企業に残された最後の人事戦略とは?
出生数が1899年の統計開始以来、初めて80万人を割った。生産年齢人口の男性だけを戦力と見なした人事戦略では、この先の企業経営は立ち行かなくなる。人口減少社会で企業に残された人事戦略とは? - 5年で1兆円の投資がムダに? リスキリングを生かすため、企業に欠かせない「業務デザイン力」とは
政府が5年で1兆円を投資すると発表したこともあってか、毎日のように目にするリスキリングという言葉。新しい技術がどんどん生み出される中、学び直しをビジネスシーンでうまく機能させるためには何が必要なのか。 - DX人材の活躍の場はどこに? リスキリングだけでは賃上げが実現しない理由
技術革新が目まぐるしく進む中で、リスキリング(学び直し)の重要性が叫ばれている。新しい知識や技能を習得することは重要だが、学び直しだけで本当に賃上げは実現できるのか。 - “とりあえず出社”求める愚 「テレワーク環境」を整えない会社に未来はないと思うワケ
コロナ禍で高まったテレワーク推進機運は、経団連の見直し提言もあり、実施率が下がっている。テレワーク環境が整っていなければ、ワークライフバランス環境で見劣りし、他社の後塵を拝することにもつながる。 - サントリー・日本生命に続く企業は……? 賃上げムードが高まらない根本的な理由
サントリーが6%の賃上げを目指しているとのニュースに続き、日本生命も営業職員について7%の賃上げ方針を発表した。両社に追随する会社が現れて、賃上げ機運が高まっていくことになるのか――。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.