もはや東京郊外ではない!? 関東の鉄道新線は「県都」に向かう:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
東京都市圏も大阪都市圏も鉄道新線計画が多く、そのほとんどが通勤路線だ。東京の周辺都市は、鉄道の発達とともに「東京通勤圏」として発展してきた。しかし近年の鉄道構想は「県都通勤圏」の充実にあるようだ。神奈川県、埼玉県、茨城県、栃木県の県都アクセス路線構想を俯瞰(ふかん)してみた。
栃木県:芳賀・宇都宮LRT
栃木県の県都、宇都宮市で建設中の「芳賀・宇都宮LRT」の開業が8月26日に決まった。宇都宮駅は東北新幹線とJR宇都宮線が通っている。東京への所要時間は東北新幹線で約50分。JR宇都宮線で約2時間。西側約1.5キロメートルに東武鉄道宇都宮線の終点、東武宇都宮駅がある。宇都宮線は東京へ直行する列車はなく、途中で東武特急に乗り継いで約2時間〜2時間半だ。
宇都宮は東京の郊外とはいいにくい。通勤通学は宇都宮駅が核となる。それだけに県都へ向かう交通の整備が長年の懸案だった。宇都宮市郊外各方面からバスやマイカーが集中し、慢性的な渋滞が発生していた。そこで1987年ごろから駅周辺の再開発と東西方向の新交通を検討してきた。バブル景気の始まりでもあり、大胆な計画が生まれやすい時勢もあった。東京都もこの頃に多摩都市モノレールの特許を取得している。
宇都宮市は駅を挟んだ東西の基幹交通システムとしてLRTを導入し、マイカーの抑制とバス路線の都心部流入を減らしたい考えだった。しかしバス会社は反対し、商店主などから物流トラックの通行困難やマイカー規制の懸念が起きた。路面電車はかつて、自動車渋滞の原因として大都市から姿を消した経緯がある。自動車普及率が全国1位の栃木県にとって、路面電車イコール渋滞の原因だ。
宇都宮市は1997年に「新交通システム検討委員会」を設置し、06年に新交通システムを「LRT」と定めた。導入区間は宇都宮駅とその東側にある芳賀・高根沢・清原の工業団地を結ぶ。工場の通勤バス、通勤マイカーを減らそうという目論見だ。15年に「ネットワーク型コンパクトシティ形成ビジョン」を策定し、LRTによるまちづくりを提案した。
芳賀・宇都宮LRTの開業は、1987年からの交通渋滞解消の取り組みから36年。その間の市長選、市議選でLRTの政策が問われ、市民の意識改革でLRTが支持を得るまでの時間を費やした。LRT導入構想から17年の時間を費やし、ようやく運行開始だ。路面電車の新規開業は75年ぶりとなる。
地元紙、下野新聞の電子版によると、ホンダは自社の研究開発拠点がある芳賀工業団地と宇都宮駅を結ぶ通勤バスを8月限りで廃止するという。もともとマイカー通勤による渋滞を緩和するために導入され、通勤時間帯に50人乗り大型バスを5分〜10分間隔で走らせていた。1日の利用者数は約1200人だという。LRTの通勤を呼びかけて渋滞解消に寄与するとともに、CO2の排出量削減で企業イメージアップも狙う。
早くもLRT効果が現れた。かつて、JR西日本の富山港線が富山ライトレール(現・富山地鉄市内電車富山港線)化して乗客数を増やした時のように、この流れが全国の主要都市でも始まるかもしれない。
コロナ禍が落着しつつあり、東京から放射状に伸びる鉄道路線の需要も回復してきた。一方で在宅勤務が定着しており、通勤需要は元通りにはならないかもしれない。そこで県庁アクセス路線の役割は通勤だけではなく、県庁のある街のにぎわいを高めることも必要だ。東京へ向かうレジャー需要を県庁都市で受け止め、県の経済を発展させること。各県は東京依存を脱却し、県の発展を願っているに違いない。
宇都宮の事例は、マイカーによる交通渋滞解消にある。これはかなり長期的な評価も必要だ。ずっとずっと未来にクルマの自動運転が実用化し、マイカー自動運転が普及すると公共交通はいらなくなるか。逆だ。都市にとってバスや鉄道の役割はますます大きくなる。なぜなら、運転免許なしでもマイカーを持てるようになると、いま渋滞している道路に、無免許自動運転のクルマが加わるから。渋滞を解消するため、公共交通の重要性はますます高まるはずである。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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