「Facebookを責任追及します」と前澤友作氏が激怒……”権利侵害広告”が蔓延るワケ:本田雅一の時事想々(3/3 ページ)
ここ数カ月、Facebookでは著名人、特にネットで話題になりやすい人物の写真を用いた広告が頻繁に表示されていた。なぜ、権利侵害広告が蔓延っているのか。根っこには、あらゆるデジタル広告が抱える共通の問題がある。
この構造はアマゾンマーケットプレイスにも似ている。
アマゾンは、アマゾンマーケットプレイスの出品者にさまざまなルールを課しているだけではなく、ルールに違反したアカウントの凍結(と同時に支払いの凍結)など対策を行っている。それは事実だが、実効性がある対策はなかなか取ることができていない。
アマゾンは出品者を審査し、出品内容を審査しているという。実際、数え切れないほどの出品を削除するなどの対策を行っているが、それでもコピー商品や安全性への懸念がある商品が販売され続けている。
こうしたネット販売プラットフォームの問題の中には、不具合のあるモバイルバッテリーに起因した火災で住宅を失うなど深刻な問題もある。消費者庁でも幾度となく話し合われているが、大幅な改善が進んでいるとはいえない状況だ。
これがリアル店舗であれば、売り場そのものに物理的な制約が生まれる。例えば、フリーマーケットをリアルに開催するとして、そこに参加できる業者数は限られ、誰を出品者にするかの審査も信頼できる方法を確立できるが、ネットの世界ではその数に制約はなく、大量の「未然に防いだケース」を抜けてしまえば消費者の目に触れることになる。
見て見ぬふりをすればいいのか? そうも言っていられない
広告の話に戻そう。
Facebookだけではなく、現代のデジタル広告はさまざまな問題を内包している。広告業界は長年、こうした問題に根本的な対策を見つけ出そうとはしてこなかった。属性や行動に合わせて「心地よいあなたのための広告」を表示することは、全ての利害関係者にとって利益になると言い続けるだけだった。
LINEニュースやLINE上の別サービスの公式アカウントから情報を取っている人も多いだろうが、料理レシピが面白そうだとジャンプすると、その先に望まない広告があるなんてことは日常茶飯事だ。
「オプトアウトすれば良い」「オプトアウトは必要なリテラシーだ」という声もあるかもしれないが、現実を直視すべきだろう。オプトアウトを呼び出すリンクを分かりやすく表記していた例など見たことがない。
では見て見ぬふりをすればいいのか? そうも言っていられない。
タブレット端末を子ども向けの教育ツールとして活用している人も多いだろうが、最近は知育アプリも、アプリ内課金で追加コンテンツを買うフリーミアムのアプリが激減している。アプリ内課金をしてもらう工夫やコンテンツの質を高める工夫をするよりも、無料配布してデジタル広告を表示させる方が手っ取り早いからだ。
しかも表示させる広告は、手っ取り早く稼ぎやすい単価の高い広告が多い。具体的にはデート用マッチングアプリなどが、平仮名の書き方を教えてくれる知育アプリに表示され、無邪気な子どもたちがその広告をタップすることを想像してみるといい。
リスティング広告はあなたを追いかけてくる。というが、追いかけてきても無視すれば、対策をすれば、気にしなければ、大きな害はないかもしれない。しかし、もはやこの問題は個人を追いかけてくる気持ち悪さだけではすまないところに来ているといえよう。
素晴らしい広告を見せてくれるなら、それは心地よい体験になるだろうが、必ずしもそうはなっていない。デジタル広告に依存する全てのメディアと広告関係者は、まずそのことを受け入れることから始めなければならない。
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