なぜ西武鉄道は中古を購入するのか 東急と小田急にも利点がある:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(5/5 ページ)
2023年9月26日、東急電鉄と小田急電鉄の中古車両を西武鉄道に譲渡すると、3社連名で発表した。今回は日本の鉄道史上極めて珍しい事例で、鉄道事業経営の面からも興味深い。そしてこの西武鉄道発案の電車売買は、結果として3社にとって利点のある提案だった。
東急と小田急にも利点がある
今回の車両譲渡では西武鉄道の利点ばかり注目されているけれども、東急電鉄や小田急電鉄も利点はある。引退車両は売り込み先がなければ解体処分だ。解体費用もかかるし、鉄くずはトン当たりでもわずかな値段で引き取られていく。そこにもうけはない。減価償却も終ったことだし、有償で引き取ってくれるならありがたい。
ところが、いまや大手私鉄の幹線級大型車両は買い手が少ない。地方私鉄のほとんどは車体長18メートルの車両を使っている。かつては大手私鉄もこの規格だった。しかし今や大手私鉄は車体長20メートル級だ。この大型車体を受け入れられる地方私鉄は限られている。そして大型車両に対応した私鉄には、先代の20メートル級車両が譲渡されており、まだまだ使える。受け入れられる車両数も少ないから供給過多だ。
電車の減価償却は13年。しかしステンレスカーのように丈夫な車体は、丁寧に扱えば40年かそれ以上も現役だ。ただし大手私鉄にとっては、動力性能が高く、省エネルギーな車両を20〜30年程度で導入したい。最近はIT技術を積極的に導入しているので、新型車両の投入周期も短縮されつつある。そうなると、幹線の高速運転から退いても、まだまだ使える電車があり、地方私鉄は買ってくれないから在庫がだぶついていく。売り手がないなら廃車解体だ。もったいない。そんなときに西武鉄道のような大手から大量の中古車両を所望されたら渡りに船、というわけだ。
さて、ここで3社共同の報道資料を見てみよう。東急電鉄の利点は「全路線を再生可能エネルギー由来の電力100%にて運行」という目標があり、現有車両よりもっと省エネタイプの車両を導入したい。23年度は大井町線の車両新造に着手する。つまり、いま大井町線で運行している9000系が余るというわけだ。
小田急電鉄も「省エネルギー車両の運行」という目標がある。23年度の車両新造計画はないけれども、アフターコロナに対応するダイヤにするため保有車両数を減らす計画である。これは10両編成を6両編成に短縮し、編成数も減らしていく。車体のステンレス化を進めているから、削減対象の車両は8000形というわけだ。
報道によると、西武鉄道に譲渡される車両は東急9000系が約60両、小田急8000形が約40両とのこと。9000系は西武鉄道の多摩川線・多摩湖線・西武秩父線・狭山線へ、8000形は国分寺線に導入される予定だ。
今回の電車譲渡を「西武鉄道はおカネがないから」とすれば誤りだ。むしろおカネとCO2の無駄遣いを減らした。SDGs、CO2削減の視点で見ると、車両の更新を自社だけで完結するより、他社と連携して融通したほうが大局的な利点がある。相互直通運転によって電車の規格が共通化されていることもあり、このような大手私鉄同士や、大手私鉄とJRの間でも、電車の流通が始まるかもしれない。
いままでの鉄道車両は「大手私鉄の幹線用」として製造されたあと、「自社の支線」→「地方私鉄」の順に移転した。いわばローカル方向の「垂直譲渡」だ。しかし今回の事例は「大手私鉄の幹線」→「他の大手私鉄の支線」だ。いわば大手私鉄同士の水平譲渡である。この流れは鉄道業界全体のCO2削減に貢献する可能性を秘めている。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICETHREETREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。
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