「他社と比べても無意味」 旭化成が独自のエンゲージメント調査を作った理由:【後編】徹底リサーチ! 旭化成の人的資本経営(1/2 ページ)
旭化成は独自のエンゲージメントサーベイを用いて、従業員の状態を調査している。多くの企業が悩むのが、結果を人事施策にどう活用しているのかだが、同社ではどう取り組んでいるのか。
連載:徹底リサーチ! あの会社の人的資本経営
近年、注目される機会が増えた「人的資本経営」というキーワード。しかし、まだまだ実践フェーズに到達している企業は多くない。そんな中、先進的な取り組みを実施している企業へのインタビューを通して、人的資本経営の本質に迫る。インタビュアーは人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏。
「多様な”個”の終身成長+共創力で未来を切り拓く」という人材戦略を掲げ、人的資本経営の推進に取り組んでいる旭化成。多くの日本企業が腐心するイノベーションを起こすための専門性の向上と、自律的な成長をどのように実現してきたのか。
旭化成の人事制度室長 白井彰氏と人財・組織開発室長の三橋明弘氏に、人事業務や法制度改正などの研究を行う、Works Human Intelligence総研リサーチ、奈良和正氏がインタビュー。同社の変革の裏側と、人的資本経営の本質に迫る。前編記事ではビジネスモデルの変化に対応する高度専門職制度、中編記事では独自のエンゲージメントサーベイ「KSA」について紹介した。
後編となる今回は、エンゲージメントサーベイの結果をどのように人事施策へ活用しているのかを取り上げる。
エンゲージメントサーベイの結果を、どう有効活用する?
奈良: 文化の変革や従業員の行動変容を促すために人事が働きかけ、現場と対話の機会を増やしていることがよく分かりました。その取り組みの結果は、現場にどう現れているのでしょうか。
三橋: 実は職場ごとに取り組んでいる内容が全く異なります。
エンゲージメントサーベイを扱う時のポイントは、会社全体、一律に何か同じことをやるのはほとんどの場合、無理だということです。やらされ感がでてしまうんですよね。そのため当社では、それぞれの職場でやる事が違っていて当然、というスタンスです。
また、別の組織では、人事と相談しながら目標管理制度をうまく使って、教育、人材育成を工夫しようとしていました。
チームメンバーが「ストレングス・ファインダー」のような才能診断ツールを受け、各メンバーがそれぞれどんな強みを持っているのかお互いに共有した上でチームミーティングに活用する、ということをやった組織もありましたね。
このような形で、各職場のニーズや具体的な取り組みにはさまざまなバリエーションがあります。当社はそのバリエーションを是として、それに対してわれわれ人事がどのようなサポートができるかを組織の実態に合わせながら考えています。
奈良: 全社一律ではなく、職場ごとに合わせてサポートをされているんですね。現場でここまで積極的にサーベイ結果を使った活動をするのは、特筆すべきことです。
ちなみに、現場のマネジャーがこのような活動をするようになったのは、どういうきっかけがあったのでしょう。
三橋: 職場によって状況が違うと申し上げましたが、マネジャーに関してもさまざまなタイプがいます。
正直、全員が全員前向きというわけではありませんが、やる気のあるマネジャーや課題認識を強く持っているマネジャーを優先的に支援することにしています。従業員の自主性を尊重することで、やる気のあるマネジャーの周りも「この活動、意味がありそうだね」と動きはじめるのです。
実際にアンケートで見ると効果があるという声が多く寄せられています。当初は「なぜこんな頻繁にサーベイをやらされるんだ。ストレスチェック診断もあるじゃないか。何度も同じことをさせられているようで対応が大変だ」という声が多かったです。
しかし、粘り強く取り組んでいると、組織の雰囲気が変わってきた上、コミュニケーションも増えたとサーベイの分析結果として表れ、またマネジャーやメンバーも効果を実感するようになりました。
業務成果との関連性まで明確に見えているわけでは現状ないのですが、当初意図したコミュニケーションツールとして機能しはじめています。
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