「他社と比べても無意味」 旭化成が独自のエンゲージメント調査を作った理由:【後編】徹底リサーチ! 旭化成の人的資本経営(2/2 ページ)
旭化成は独自のエンゲージメントサーベイを用いて、従業員の状態を調査している。多くの企業が悩むのが、結果を人事施策にどう活用しているのかだが、同社ではどう取り組んでいるのか。
現場の課題を「双方の視点で」把握する
奈良: 最初は後ろ向きに考えていた人も、粘り強く取り組んだことでだんだんと意識が変わっていったのですね。各現場で実施されている施策はどのように把握されているのでしょうか。
三橋: そのため、サーベイを実施してから半年後の1月に、人財・組織開発室から全マネジャーに対し、サーベイ後にどのような活動をしたかについてアンケートを取っています。
またKSAを実施する際、質問項目に職場での対話や、サーベイに関わるどんな活動をしているのかなどの項目を組み込み、具体的に各部署でどのような課題意識を持ち、どのような施策をしたのかを把握するようにしています。
奈良: サーベイ後に活動がなされていたか、それをマネジャー、メンバー双方に聞く仕掛けを施すことで、1年前の組織状態、その後の活動、現在の組織状態が分かると。施策の内容や効果などを少しでも分析できるようにされているのですね。
三橋: はい。この取り組みは他社からも驚かれます。このようにメンバーからも、マネジャーからも確認ができる形で定量的に把握するようにしています。
奈良さんが仰ったように、これによりある程度の分析が可能です。例えば、分析結果から「対話を行ってはいたが、むしろ悪影響だったのではないか」などの仮説も立てやすくなっています。これがコミュニケーションをさらに豊かにしています。
エンゲージメント強化の成果指標がエンゲージメントではない理由
奈良: コミュニケーションにフォーカスするだけでなく、それを豊かにするためにさまざまな分析ができるような仕掛けを施しているのですね。
話は変わってしまうのですが、実はもう1つ、気になっている点があります。旭化成グループでは、従業員エンゲージメント強化の成果KPIとして、従業員エンゲージメントに該当する(2)活力ではなく、あくまで(3)成長につながる行動を対象にされているかと思うのですが、これはなぜでしょうか?(※) エンゲージメントそのもののKPIではないですよね。
(※:同社では従業員エンゲージメントを1:上司部下関係・職場環境、2:活力、3:成長につながる行動の3つの指標で確認している。詳細は記事旭化成「多角化経営」のカギ 独自の人材戦略を読み解く参照)
三橋: それには2つの理由があります。
1つは人材戦略とのつながりです。人材戦略として終身成長を掲げているため、従業員が成長しているのかを見なくてはなりません。KSAを設計した際にこういったサーベイがないか探したのですが見つからず、KSAという形でオリジナルのサーベイを設計しました。そのため、成長行動という指標にはこだわっています。これが人材戦略とのつながりという点です。
2つ目は、他社と比較されやすいエンゲージメントを成果指標にしたくなかったという意図もあります。気軽に数値を出すと、サーベイの中身も違うのに、なぜか他社との比較という話になる傾向にあります。実際は、サーベイ内容も違えば、会社ごとに働いている人も違うし、環境も違う。こんな条件下で比較することはあまり意味がないと思っていますし、専門家に話してもその通りだと言われます。
エンゲージメントは参考数値であり、大事なのはオリジナル指標としての成長行動であるとしています。社長とも相談して、比較すべき指標は比較したらいいが、やはり旭化成らしいオリジナルの指標を外に出した方がいいよね、という話になりました。
奈良: 本当に細部まで丁寧に考えられているんですね。比較に関しては仰る通りだと思います。
三橋: 他社のお話をうかがうと、こうした比較によって人事の方は苦労をされているようです。ベンチマーク先の企業との比較結果を社長に説明しないといけない、とか。
奈良: 人的資本の情報開示が裏目に出ている部分なのかもしれませんね。最後におうかがいしたいのですが、今後はどのような活動を展開される予定でしょうか。
三橋: 一つは、この活動を理解できているマネジャーを増やしていくことです。徐々に増えていますが、まだ課題として残っています。
もう一つは、こうしたエンゲージメント強化の活動をどのようにグローバル展開するかです。当社ではワークエンゲージメントといって、仕事そのものに対する思いや前向きさ、態度などを測定していますが、グローバルではどちらかというと組織への帰属意識を期待されるような拠点も多いです。国内でやっているような少集団的活動的な対話活動が、なかなか理解されない拠点もあります。
このため、別のアプローチも必要だろうと考えています。各拠点と議論を重ね、それぞれに合った形で推進していきたいと考えています。
奈良: 実態を捉え、それぞれの実態にあった施策を推進していく。画一的になりがちな施策の推進において重要な要素だと感じます。本日はありがとうございました。
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