「当社の統合報告書を学生に読んでもらえませんか?」――一橋大学大学院 経営管理研究科 円谷昭一教授の研究室に、このような相談が届くことが増えてきている。
統合報告書とは、財務と非財務の両方の観点から自社の優位性や経営ビジョン、今後の事業展開やその見通しについてまとめた報告書で、投資家向けと位置付けられている。一見、学生とは少し距離がありそうだが、なぜ「学生に読んでほしい」というオファーが増えているのだろうか?
情報開示、コーポレートガバナンスを専門とし、多くの統合報告書に触れてきた円谷氏に企業の意図を聞いた。
なぜ、あえて学生に「統合報告書」を読んでもらいたいのか?
円谷氏は背景について「就職活動における学生の価値観の変化」を挙げる。一橋大学の学部卒業生の就職先を調べたところ、2019年までは人気が高かった、銀行や保険などの金融関係からコンサルやITに移行していた。
「就活における学生の価値観はここ数年で大きく変化しました。20代のうちにどれだけ力をつけられるか、裁量権のある仕事ができるか、といったように彼らは将来を”微分”で考えます。入社後の初速をどれだけ上げられるかを意識しているのです。一方、人事は”積分”で仕事をしています。終身雇用とは言わずとも、ある程度の期間働くことを前提とした育成や配属を敷いています。学生と人事の間でギャップが生まれているのは明らかです」(円谷氏)
ギャップは内定辞退や早期離職、志望学生の減少といった課題を生む。統合報告書を携えて円谷研究室を訪れるのは、そういった課題に悩む企業だ。中には、少し前までは「勝ち組」と呼ばれていたような金融機関や商社からの相談も多い。4年ほど前から依頼が入り始め、22年は4社、今年は9月末時点で3社から依頼があった。
もちろん、異なる理由で研究室のドアを叩く企業もいる。「統合報告書の専門性が高すぎることに社内の人間は気付いていない。学生目線で指摘してほしい」「ファミリー企業なので、社長があまり情報を開示したがらない。将来世代である学生も読んでいるとアピールして、開示の重要性を認識してもらいたい」など、学生を潤滑油とし、社内でのプロジェクト推進を加速させる狙いもある。
こういった依頼に対し、円谷研究室ではどのようなアプローチを取っているのだろうか?
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