分業体制の罠 「スペシャリストという名の作業マシン」を量産する組織に未来はない:トライバルメディアハウスのマーケ戦略塾(3/3 ページ)
業務が高度化すると、生産性向上を狙って「分業」がよく行われます。しかし、それが従業員の「やりがい」や「働きがい」を減らし、最終的に離職率や競争力を悪化させている課題があります。この問題はどう解消すべきでしょうか?
競争力の源泉は「領域のにじみ」にある
マーケターの仕事とは、マーケティング目的と数値目標を達成するために、そのとき障害となっている「ど真ん中の課題」を正確に抽出し、その課題を解決するための最適な施策を講じ、PDCAを回すことです。そのためには、理想と現実の差分に潜む問題点と課題の因果構造を明らかにしなければなりません。正しい因果構造を描くためには、それぞれが「点」として存在する「問題点のつながり」を理解する力が必要です。それは「点」としての「具体」を、「線」や「構造」として抽象化する能力そのものです。
具体を抽象化し、抽象同士を構造的につなげる力は、複数領域ににじみながら経験を積まない限り身に付きません。知らないものは見えませんし、見えないものは考えられないからです。
また近年、ChatGPT-4に代表される生成AIの発達も目を見張るものがあります。現在の部分最適化されたマーケターの作業の一部は、AIの得意分野と重複しています。特定の思考と手順を繰り返す仕事は、AIに代替されてしまうかもしれません。
今後は、AIに代替できない「複数領域をまたいで仕事をする能力」を持つマーケターの価値が高まっていくとみています。組織の論理で業務の定型化と分業化を継続している組織からは優秀なマーケターは生まれませんし、去っていくでしょう。
では組織はどう変わるべきでしょうか。分業化によるルーティンを脱するのはもちろん、働く社員が「成長実感を得られる職場」にならなければなりません。成長とは「昨日まではできなかったことが今日できるようになった」ことや、具体が抽象化されることでパターンや法則が見えるようになること、さらに抽象と抽象がつながることで「なるほど! そういうことだったのか!」と思考の世界が広がることでしか得られません。
そしてそれらは(くどいですが)分業とは真逆の、個別業務と個別業務の間にある「にじみ」によってしか生まれません。分業ではなく、1人で「最初からおしまいまで」通しで仕事をすることでしか知識と知識、経験と経験は接続されないのです。
会社は、社員の成長以上に成長することはできません。会社を成長させたいのなら、社員に成長してもらうしかないのです。今までは業務の細分化、定型化、分業化が競争力の源泉でした。しかしここから(というよりすでに)潮目が変わります。これからは「あえて」分業化をせず、さまざまな領域や業務に「にじみまくっている社員」が多い会社が伸びると感じます。
ここまで偉そうなことを述べてきましたが、私もマーケティング会社を経営する者として、大いなる自戒の念を込めて筆を執っています。
ビジネスモデル、サービスパフォーマンスや価格競争力、戦略ロジックは重要です。しかし、それと同じくらいそれらを支える社員が「やる気」にあふれているかどうか。流行りの「従業員エンゲージメント」を高めるための交流の場や表彰制度を充実させるだけでなく、「にじみ」が広がることによる仕事の面白さや、それによる成長実感、社員一人一人の理想のキャリアデザインに向き合っていくことが必要だと感じます。
「近道」の正体
今回を含め過去11回にわたってお届けしてきた「トライバルメディアハウスのマーケ戦略塾」いかがだったでしょうか。「思うように売り上げが上がらない」「マーケティングが効いているのか効いていないのか分からない」理由の多くは、戦略が論理的に組み立てられていないことに起因しています。
この世に「すべての病気に聞く万能薬」がないように、経営やマーケティングの世界にも「魔法の杖」はありません。「新しいから」「話題だから」「競合がやっているから」「成功事例に惹(ひ)かれて」始める施策のほとんどはうまくいきません。その理由は、本連載でも再三にわたって述べてきた「論理の欠如」が要因です。
経営やマーケティングの世界に「近道」などありません(そんなものがあるなら、競合が行列をなして道が渋滞し、早晩近道ではなくなっているはずです)。私たちマーケターがやるべきは、ありもしない「近道」を探し求めることではなく、「目的地につながっていない道」や「遠回りの道」を回避する思考力と行動力を身に付けることです。戦略理論やフレームなどを適宜活用しながら、自分の頭で論理的に考え、自社だけの(フルカスタマイズされた)戦略をつくり、愚直に実行するのです。
競合との差は「近道を行くこと」で付くのではなく、「目的地につながっていない道」や「遠回りの道」を“選ばないこと”で付きます。なぜなら、競合の多くも近道を追い求め、目的地につながっていない道や遠回りの道を選ぶ可能性が高いからです。つまり、自社が間違った道を選ばないことが、そのまま競争優位につながるのです。近道を行こうとせず、理性と論理で道を選ぶ。逆説的ですが、実はそれこそが「唯一の近道」なのです。
著者紹介:株式会社トライバルメディアハウス代表取締役社長 池田 紀行
1973年横浜生まれ。マーケティング会社、ビジネスコンサルティングファーム、マーケティングコンサルタントなどを経て現職。大手企業300社以上の広告宣伝・PR・マーケティングの支援実績を持つ。宣伝会議マーケティング実践講座 池田紀行専門コース、JMA(日本マーケティング協会)マーケティングマスターコース講師。 年間講演回数は50回以上で、延べ3万人以上のマーケター指導に関わる。近著『売上の地図』(日経BP)、 『自分を育てる働き方ノート』(WAVE出版)ほか著書・共著書多数。Twitter:@ikedanoriyuki
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