ゴルフトーナメントも主催
サッカーに加えて、話題になったのがゴルフである。21年には、20億ドルを投資して「LIV golf」というサウジのトーナメントを主催した。ところが、この大会に、米国のPGAツアーにも参加する選手を莫大な金額で集めてプレーさせたことで、PGAが訴えを起こすなど大騒動になった。
結局、PIFとPGAが事業統合(PIFが買収したとの指摘も)することで事を収めることになったのだが、その統合自体も米議会などを巻き込んで批判されている。いずれにしても、PIFがPGAなどゴルフ界で大きな発言力と影響力を持つようになるのは間違いない。
ボクシング、F1、プロレス 多様な投資
そして現在では、サウジが投資するスポーツには、サッカーやゴルフ以外にも、ボクシングやF1、プロレスなどがある。ボクシングでは、2022年にヘビー級のオレクサンドル・ウシクとアンソニー・ジョシュアがサウジで対戦したが、その対戦に8000万ドルの投資をしている。
F1は今後10年間、サウジでレースを開催する6億5000万ドルの契約を結んでいる。サウジはアメリカの人気プロレス団体WWEとも契約し、年2回のイベント開催で10億ドルが支払われる。さらにeスポーツへの投資も加速させている。
石油依存からの脱却
ではその投資の目的はどこにあるのか。まず一つには、石油収入への依存から脱却したいという長年の願いがある。サウジの財政は90%近くを原油からの利益に頼っているからだ。そこで政府はスポーツ分野に目をつけ投資に力を入れている。
さらに、サウジ政府が、サッカーをはじめ、スポーツが国民の不満を解消する手段として非常に効果的であることに気がついた、ということもある。サウジは、人口の7割がスポーツなどを好む35歳以下の若者であり、宗教的ルールが厳しいサウジ王室に批判の矛先が向かないようにしたい思惑があると指摘する声もある。
例えば、22年のカタールW杯では、サウジアラビアが番狂せでアルゼンチンを破り、そのあまりの熱狂に、政府は翌日を休日にしたくらいだった。それほど、人々に日常の不満などを忘れさせる娯楽として使えることが分かった。だからこそ、W杯後に破格の給料で 欧米のスター選手を国内リーグに次々と移籍させたとされている。
ただその一方で、サウジのやり方が「スポーツウォッシング」であるとの指摘もある。スポーツウォッシングとは、都合の悪い事実をスポーツという娯楽で隠そうとすることを意味する。
サウジ政府は王族が統治し、国家を厳格なイスラム主義のワッハーブ派の価値観で支配している。サウジは、反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏を殺害して糾弾されたり、女性の人権が確保されなかったり、映画などの娯楽も規制されたりするなど、かなり強権的な国家だというイメージが世界的に広がっている。
例えば米民主党のリチャード・ブルメンタール議員は最近、サウジという国について「ジャーナリストを殺害し、政権に批判的な人たちを投獄し、拷問も行い、隣国イエメンで行われている戦争行為を促し、さらにテロ活動まで支援してきた政権である」と批判している。
そこで、健全なスポーツ業界で存在感を示して、悪いイメージを覆そうと目論んでいるとみられている。そんなサウジ政府が、スポーツを全面に押し出すことで、本当の姿を誤魔化そうとしていると指摘されているのだ。つまり、スポーツウォッシュだ。
もっとも、大金で一部のスポーツ業界を支配しようとする目論見はすでにばれているので、その取り組み自体、イメージが良くないのではないか。ここまで知られてしまうと、サウジのスポーツウォッシングに貢献するとは思えないのだが。
筆者プロフィール:
山田敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。
Twitter: @yamadajour、公式YouTube「SPYチャンネル」
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