「退職金の廃止」を会社が勝手に決定 入社時の説明と違うが、会社の責任は?:判例を基に解説(3/4 ページ)
入社時に説明を受けていた「退職金の支給」を会社が勝手に廃止にしていたことが判明した。入社時の説明と異なる場合、会社はどのような責任に問われるのか?
退職金制度を廃止 社員と裁判に、どうなった?
では、実際にあったトラブルを見ていきましょう。
令和2年10月29日 大阪地方裁判所判決
- 会社は負債が膨らんだため退職金制度の廃止を決意
- 従業員に廃止を口頭で伝え、退職金用の積立型保険を解約して返戻金を従業員に支払った
- 従業員から異議はなく、返戻金を受け取った
- 従業員XとYは、退職金制度廃止の通知から約17年後に退職したが、従来の退職金制度に基づく退職金支払いを求めて提訴した
<時系列>X入社→退職金廃止の通知→Y入社→就業規則の改定→XとY退職
裁判所は、まず廃止についての「個別の合意」の有無を判断しました。「将来の退職金を失わせるという不利益の大きさに鑑み、その同意の有無については慎重に判断せざるを得ない」と方針を示した上で、以下のように述べました。
- 従業員と会社の間で、退職金制度の廃止に同意する旨の書面は取り交わされていない
- 従業員らは、退職金制度の廃止の説明を受けた際、特に異議を述べておらず、退職金支払のための積立型保険の解約返戻金も受領しているけれども(……)、従業員としての立場を考えると、そのことから直ちに退職金制度の廃止自体にまで同意していたとまではいえない
さらに「仮に、従業員らが形式上退職金制度の廃止に同意したと見られる行為を行っていたとしても、同廃止は、会社が自社ビルを約3億円で購入し、その借金が嵩んだことを主たる要因とするものであって(……)、そのような理由で退職金を廃止されることに労働者が同意するとは考え難い」とも述べ、「このような行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、従業員の同意があったものとすることができない」と判断し、先の図の右側のルートが断たれました。
なお退職金制度の廃止は認められなかったので、Yの入社時点で退職金制度は存在していたことになります。そのため、本ケースではYにも退職金制度が適用されました。
このように労使間の合意の有無が裁判での争いになった場合は、例え従業員の署名がある合意書が存在していても、会社からの圧力がない状態で本当に従業員がその不利益な条件変更を飲むか? という視点で見られます。十分な代替措置が無い場合は否定される可能性が高い、と考えることが現実的でしょう。
次に「就業規則の改定」に伴う不利益変更の有効性についてです。就業規則の改定手続きは当時放置されていましたが、退職金制度廃止の案内から13年経って行われ、内容は次のように定められました。
第3条(退職金の支給額)
- 次の事由による退職の場合は、200万円を支給する。
- 死亡
- 業務上の事由による死亡
- 次の事由により退職する場合の支給額は、会社の業績及び経済事情を勘案し、個別に金額を決定し、支給することとする。
- 自己都合による退職
- 以下省略
これについては改定時に会社が退職金を廃止しなければならない経営状況であったなどの事情は見当たらず、その必要性を述べていない上に、退職金額がすでに140万円を超えており、従業員らの不利益が大きいことから変更の合理性についても否定され、先の図の左側のルートも断たれました。
以上のことから個別の合意はなく、かつ就業規則の変更に伴う不利益変更も認められなかったため、従来の退職金制度に基づく退職金の支払いが命じられることとなりました。
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