JAL新社長は「女性、元CA、元東亜」 異分子トップを生んだ過去の苦い経験:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
JALは1月17日、鳥取三津子専務が4月1日付で社長に昇格すると発表。「女性、元CA、元東亜」というまさに異分子なトップは、どうして生まれたのだろうか? 元CAで健康経営学者の河合薫氏が考察する。
受け継がれた志
稲盛さんの経営哲学は「誠実さ」です。
かれこれ20年ほど前になりますが、京都市にある京セラの本社を訪問させていただいことがあります。当時は「心の病」という言葉が一般化し、国がメンタルヘルス対策に動き出していました。そこで「社員が生き生きと働いている企業」を数社訪問し、社員と会社の“健康の謎”を解くために取材を重ねました。そのうちの一つが、稲盛さんが仲間とともに1959年に創業した京セラだったのです。
もっとも印象深かったのか「コンパルーム」です。
本社には100畳敷きのコンパルームがあります。その原型は、創業当初、稲盛さん(訪問時は名誉会長)の自宅にしょっちゅう行って、みなで鍋を囲んだこと。『とにかく今は厳しい状況にあるけど、みんなで心を一つにして、同じ志を持って、素晴らしい会社をつくっていこう』と、お酒を飲んで、しゃべって、ぶつかり合う。その創業時の“思い“が「コンパルーム」として、先輩から後輩へと引き継がれていたのです。
取材時にアテンドしてくれた役員の方によると、稲盛さんは一貫して現場を徹底的に大切にし、コンパでは最初から最後まで仕事の話をしたそうです。若い社員の中には「『もっと残業代を出してくれ!』と社長に直談判する社員もいた」とか。
稲盛さんは「公明正大」という言葉を好んで使っていましたが、現場の社員とつながることを絶対に怠らないことこそが、トップが誠実でい続けるためには必要だった。コンパは組織のヒエラルキーを超えて1対1で「人」として向き合う大切な「場」であり、経営層が誠実な経営を忘れないための「場」だったのです。
そんな稲盛さんの経営哲学が、西松さんが現場にまいたタネと化学反応をおこし、稲盛さんがJALの再建で最初にトップに指名した元整備の大西賢氏、大西氏の後任の元パイロットの植木義晴氏、現社長で整備畑出身の赤坂氏に引き継がれてきました。
そして、今回、女性、元CA、東亜出身の鳥取さんの就任が決まったのです。
つまり、鳥取さんが女性だったからトップになったわけでも、元CAだったから社長に指名されたわけでもない。JALの社員たちに、役員たちに「みんなで心を一つにして、いい会社にして行こう!」という志が共有され、その中でたまたま選ばれたのが、女性、元CA、東亜出身の鳥取さんだったのです。
すでに鳥取さんの経営手腕を疑問視する記事や、「お手なみ拝見」とばかりの上から目線のコラムなども散見されますが、そんな世間のまなざしに鳥取さんには負けないでほしい。そして、JALの役員の人たちには「トークン(目立つ存在)としての女性だからこそ、過大評価されることもあれば、些細なことで大バッシングされることもある」ことを決して忘れず、今まで以上にチームJALとしてがんばってほしいです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。
2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。
【注目】ITmedia デジタル戦略EXPO 2024冬
【開催期間】2024年1月30日(火)〜2月25日(日)
【視聴】無料
【視聴方法】こちらより事前登録
【注目講演】
【概要】今、生産性向上とその先のイノベーション創出を目指して各社が取り組むデジタル変革。しかし、デジタイゼーション止まりの現場、組織の理解不足に頭を抱える企業も少なくない。変革を阻む要因と解決策とは? デジタル変革の先進企業でその取り組みを先導するキーマンと、リーダーシップ育成やチームづくりに詳しい伊藤羊一氏をゲストに迎え「“ワンチーム”で挑むデジタル変革」を語り合う。
関連記事
- 羽田事故は「システムで防げた」の暴論――”想定外の事態”は起こる、できることは?
羽田空港で起きたJAL機と海保機の衝突事故について、「ヒューマンエラー」の切り口から考察する。事故はいつだって複数の不幸な要因が重なった結果だ。どんなにハイテク化が進んでも、想定外の事態は起こり得る。では、企業はどのように向き合うべきなのか? 大事故を防ぐ「唯一の手立て」とは? - 人命を預かる仕事の重さとは? 新人CAをハッとさせたコックピットの「黒いカバン」
知床遊覧船の痛ましい事故のニュースを聞いたとき、筆者が「真っ先に浮かんだ」というのは、航空会社での勤務時に見ていた、フライトエンジニアが持つ“黒いカバン”だ。それはどのようなものかというと──。 - 羽田事故背景に「過密ダイヤ」指摘も 世界3位の発着1分に1.5機
羽田空港で日本航空と海上保安庁の航空機が衝突した事故から9日で1週間がたった。8日には事故で閉鎖していた滑走路の運用も再開し、発着数も事故前の水準まで回復した。一方で……。 - 暗いコロナ禍に差した「光」 ANAとJAL、生き残るためのヒト投資
ANAとJALが、新卒採用を再開する。長いコロナ禍から、ようやく日常が戻りつつあるようだ。航空業界の雇用は、これまでも大きく世相を反映してきた。その経営判断が、航空業界で働く社員の人生を左右してきたとも言える。自身も元CAである河合薫氏が、解説する。 - CA週2勤務にパイロット1人制──「消える仕事・残る仕事」論争は、時代遅れと言えるワケ
2013年に「人間が行う仕事の約半分が機械に奪われる」と予測した論文が話題となりました。それから10年、世の中は大きく変化し「消える仕事・残る仕事」と区別の付けられない状況が訪れています。航空業界の働き方を例に、「機械に奪われる」ほど単純じゃない人の働き方の多様さについて考察します。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.