JAL新社長は「女性、元CA、元東亜」 異分子トップを生んだ過去の苦い経験:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/3 ページ)
JALは1月17日、鳥取三津子専務が4月1日付で社長に昇格すると発表。「女性、元CA、元東亜」というまさに異分子なトップは、どうして生まれたのだろうか? 元CAで健康経営学者の河合薫氏が考察する。
「新生JAL」ができるまで
2000年代初頭、JALはいくつもの不採算路線による赤字に加え、運航や整備面に関わるヒューマンエラーが続発するなど、危機的な状況にありました。経営再建と信用回復を求められる中、05年に社長になったのが財務部門出身の西松遥さんです。
西松さんは自らの給料を大幅にカットし、通勤も一般の交通機関を使い、社長室は撤廃し、“大部屋”で一般社員から顔が見える場所で仕事をし、社員食堂で社員に交じって昼食をとるなど、徹底的に現場に寄り添った経営を貫きました。西松さんの倹約した経営スタイルは、海外メディアからも注目され、08年には米CNNにとりあげられました。
09年9月、社員たちに混じって有楽町で「JAL利用」を呼びかけるビラを配る姿は、日本のワイドショーなども報じていましたので、覚えている人もいるかもしれません。
しかしながら、いっときはJALの経営はV字回復したものの、リーマンショックなどの影響もあり結果的に債務超過状態から脱することができず、09年に発足した鳩山内閣の意向により10年1月19日に会社更生法を申請。西松さんは代表権のある役職から同日退任しました。JALの社員からは、西松さんの退任を惜しむ声をたくさんあったと聞いています。
この西松さんがJALのトップを務めた4年間こそが、新生JALの土壌を作ったのではないでしょうか。
社員たちはそれまで雲の上の存在だった社長と、毎日同じ空間で共に過ごしたことで、「共に会社を再生させよう! いい会社を作ろう! みんなでがんばろう!」と会社の危機を自分事化することに成功した。一方、トップ=西松さんは社員と共に過ごすことで、階層上階からは見えなかった現場の汗と涙を体感した。
この一体感がJALという会社で働く全ての人を輝かせ、そこに稲盛和夫さんがJAL再生の救世主として加わり、最高の化学反応が起きたのです。
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